新聞社の立ち位置
京都っていうところは、実は、1つの新聞社が、大変大きなシュアを占めているお土地柄なんやね。
全国紙なら、読売や朝日や毎日、産経、日経などがあるけど、圧倒的に京都新聞1本というご家庭や会社が多い。
まぁ、若い人は、新聞なんて取らないけどね。
昔なら、京都新聞を取ってないと、葬式情報が得られないから、仕方なく取っていた人も多かったけどね。
その京都新聞は、政治志向的には、反権力、反東京の京都のお土地柄を反映しているのか、やや革新勢力に肩入れするケースが多いのやね。
京都府が、老朽化した府立植物園と、その横にある府立大学や資料館などをリニューアルする案を出しても、静かな生活環境が乱されると、大反対キャンペーンを打つ。
この周辺には、大企業の社長さんやら、大学の教授さんなど、「ええし」の人たちが多く住んでいるからね。
地元住民への説明会を開こうとしても、反対運動を展開して、プラン自身を白紙にしてしまいよるのやね。
ところが、今度は、府立大学の体育館や校舎が、建設から60年も経過していて、これを放置するのは、行政の不作為やと、府を批難するのやね。
どうも、自民党の支持する首長が気に入らないのやろうね。
我々読者から見ていたら、あんたらが、プランをひっくり返しておいて、また、やらない事を批判やて。どっちやねんってなるわ。
マスコミっていうのは、市民を誘導してしまう公器の部分がある。
新聞の立ち位置っていうのは、地方の都市にとって、つねに大きい力を発揮することが多い。
公平な立場で報道することに努めて欲しいものなんやね。