レッテル貼り
どうも、いま日本のマスコミの人たちのやっていることを見ていると、魔女狩りに近いようなことになってないか。
旧統一教会が、社会的に問題のある宗教団体だというのは、分かるけど、具体的に、その活動内容を、犯罪として検挙出来るものがあるかどうか。
大金を寄付させると言ったって、大金って、いくら以上何て、基準は無いわな。
霊感商法だって、ワケのわからない壺とか、経典だって、そのものの価値は、人によって違うから、それを完全に黒だとは言えないのやね。
女性信者を大量に韓国に連れていって、嫁不足の韓国人の男たちにあてがっている行為だって、宗教行為の一環で、本人の意思で行っていると言われれば、法に触れない。
そもそも、カルトだという、レッテルだって、誰が決められるのか。基準何て無いわな。
かつての創価学会のしつこい勧誘活動だって、社会問題化していたし、キリスト教や仏教だって、元をたどれば、少々強引に布教活動をしていた歴史がある。戦争だって、引き起こしているのやから。
つまり、どれが良い宗教で、どれが悪い宗教だと決めつけることが非常に難しいグレーゾーンなんやね。
なのに、いま、日本でやっている反統一教会キャンペーンは、この団体のことを、クロだと、決めつけて、この団体に関わっていた人すべてを、全否定している。
これって、ある意味、怖い事なんやね。この女は魔女だ。だから、火あぶりにしても良い。と、言っているのと同じやから。もっと、冷静にならんと。
先週末のあった日本テレビ系の24時間テレビの系列局のテレビ金沢の番組のスポンサーが旧統一教会やったって、批難しているけど、どうなのかな。
それだけ、統一教会が日本の社会に食い込んでいるってことは、気になるけどね。
例えば、ユニセフの趣旨に共鳴して活動している人がいる。
この人は、選挙になれば、別の団体からお願いされて、誰々さんの選挙の応援をする。
それが終わればまた地域のお年寄りの世話をする民生委員もやられている。人って、そんな複合的な物なんやね。
なのに、そんな人に、旧統一教会の信者だからと、レッテルを貼って、この人とは付き合うな。危ない宗教を信じている人だと、仲間外れにする。これ、健全な事か。
日本人って、誰かが虐められていると、その人の事をみんなが寄って集って、苛めてしまうな精神構造がある。
くだらない仲間意識と、同調圧力。それらによって、何が歪められているか。ちゃんと、見ておかないとね。
国による宗教弾圧は批判するのに、マスコミによる宗教攻撃は肯定する。
お相手が、反共産主義を旗印にしていた団体だから、攻撃して良い。
これを、ご都合主義と言わずして、何を言うのやろうかね。