意味があるのか?
日本では、コロナウィルスとの闘いにおいて、新規感染者数という数値が、この2年間以上も、大手を振って歩いている。
でもね。私、この数字って、指標ぐらいにはなるけど、コロナの蔓延を表す数値としては、余りにもお粗末な数字じゃないかと思ってきたのやね。
どこかの企業が、その都市の下水道を調べて、その中にコロナの抗体が、どれだけ含まれているかを調べることをしていたけど、まだ、こっちの方が科学的やったと思っているのやね。
というのも、新規感染者数というものは、あくまで、検査をした人が増えれば、陽性者が増えて、減れば、その数が減ると言う、大きな弱点を持っているのやね。
だから、日曜日に検査した人の数が少なければ、日曜日の数値は、ドーンと下るし、その反動で週明けの月曜日に検査した人の数が増えれば、ドーンと増える。
そのぐらいの、ええかげんさがあるのやね。
まぁ、同じ曜日の感染者数を前週と比べて、今週は・・という数値を採り出して、傾向を示すぐらいの意味はあったのやけど、それも、最近はどうなんやろうね。
今の時期は花粉症が増えているからね。涙や鼻水が出た人は、花粉かコロナか分からんから、年の為にPCR検査をする人が増える。
検査する人が増えると、新規陽性者数も増えるわな。
でも、逆に、本格的な花粉シーズンに入れば、こりゃ、花粉で間違いないと決め打ちされてしまって、逆に検査に行く人が減ってしまうケースもある。
検査受験者数という分母が、ころころ、ええ加減な理由で、変わってしまうのに、その数値で、死者数とか、重症者数を割り算したデータ出されても、その数値に、果たして意味があるのか。甚だ疑問なんやね。
コロナ死の判定も、他の死因でお亡くなりになっているのに、コロナの抗体反応があれば、コロナ死にカウントされている数値。
これ、本当に世界と比較して良い数値なのかなぁ。
本当は、脳卒中とか、心筋梗塞、癌などで亡くなった方が、コロナ死扱いされていたとしたら、おかしなことにならないか。
厚労省の中に、コロナ禍が、終わって欲しくない人たちがいて、その人たちが、いつまでも頑張っていて、国の予算を最優先で使い続けたいって、思っている。
そんな、私の考え方は、下衆の勘繰りなのかな。