スポーツというもの
私も、中学高校、そして、大人になってからもずっと、バレーボールを少しかじって来たから思うのやけど、ちょっと、審判にみんな、文句を言い過ぎやと思うのやね。
そら、えこひいきとか、不公平とか、酷い誤審とかは、一杯ある。
でも、スポーツである限り、選手も審判も、精一杯のことをやっていると、信じることが、基本なんやね。
その基本を崩してしまったら、スポーツは、実は成り立たないのやから。
ゲームは、審判が、迷う事はあっても、どちらかを、決める。その決定には皆が従う。それを崩しては、成り立たなくなる。
そら、国際試合などでは、より高度な、より経験の深い、良い審判が、ジャッジにあたるべきやとは思うけど、それは、それぞれの競技団体が決めるべきこと。外野がどうのことう言うと、おかしなことにもなる。
私が、バレーボールの審判をやっていて、先輩から教えられたこと。それは、自分に確信のあることだけ、笛でゲームを止めろ。やった。
ボールに触っただろうとか、流れで、振れただろうは、あかんのやね。
他のスポーツでも、審判は、最大限の注意を払って、ジャッジを下す。それに皆が従う事で、ゲームが成り立つ。
そりゃ、人間だから、誤審はある。ハイスピードカメラで撮影した映像の方が正しい判断が出来るのは当たりまえ。なら、機械に審判やってもらったらええやんになるわな。
より高い精度を求めたら、色々な意味での機械化は、進歩の歴史になる。でも、何でも、文句を言ったもの勝ちの風潮は、私は、嫌いやね。
審判には従うもの。そう教えられてきたから、それは、崩したくないのやね。
なぜなら、それがスポーツやから。としか、言いようがない。潔さも、スポーツのうち。
クレームで、試合の流れが悪くなる方が、私は、良くないようになるケースが、多いと、経験値で分かるものやからね。