三国人 | 京都発、言いたい放題!~毎日更新~

三国人

 元東京都知事だった、石原慎太郎氏が亡くなられた。

 

 この方は、もともと、物書きだったけど、いろいろな意味で、戦時中の事を思い出させる言葉を好んでお使いになっていた記憶が強い。

 

 中でも、私は、三国人っていう言葉が、死語になりつつあつたのを、この方がよくお使いになっていたことで、改めて調べた記憶がある。

 

 この「三国人」っていう言葉は、差別用語だという方もいるけど、それは、ちょっと正しくないかもね。

 

 石原慎太郎氏は、神戸市のご出身だというから、この方のイメージでは、戦後のゴタゴタの時代の神戸で、台湾出身の人たちが、日本の終戦とともに、神戸の街を仕切っていたというイメージが強いのだと思う。

 

 この言葉は、主に、米国のGHQと、日本政府が、当事者ではない、第三国の人を呼ぶときに、使っていた言葉なんやね。

 

 米国と日本が当事者で、それ以外の、元日本だった台湾や、朝鮮半島、中国から日本に来ていた第三者の国の人ということで、三国人。普通に使っていた言葉だったはずや。

 

 もっとも、敗戦後の日本じゃ、我々は戦勝国だと勝手に言い出す朝鮮人のチンピラが、跋扈していて、駅前の土地を、勝手に自分のものにしたり、乱暴したり、好き放題していた。

 

 何かあると、集団で、怒鳴り込みに行って、脅すから、多くの日本人は、彼らを恐れていたからね。

 

 その時の日本には、朝鮮半島やら台湾やら、中国(志那)からの人たちが100万人ほども居て、その半数以上は、不法入国。

 

 帰国事業で多くの人たちは母国に帰ったけど、確か40万人ほどは日本に残っていたからね。

 

 この人たちの一部が、犯罪を起こす率が極めて高かったから、日本人は、この三国人たちを恐れて、それらの人たちを遠ざけようとしたことで、差別が強くなった。

 

 そういう時代やったからね。その人たちのことを、三国人やら、志那人やら、朝鮮人、韓国人と呼ぶから、これが、差別的やということで、非難されていたけど、ちょっとニュアンスは違うのかもね。

 

 日本人の事を米国人は、ジャップって言う蔑称を使うし、中国にも、日本人を日本鬼子、韓国にも、足袋の形が豚の足の爪に似ている事から、チョッパリなんて、馬鹿にする言葉が有る。

 

 この三国人と言う言葉も、石原氏が亡くなったら、もう使う人が居なくなるかもね。昭和は遠くなりにけり。