馬鹿じゃないのか
ちょっと左寄りの新聞ほど、見出しに、「格差」という言葉をよく、使いたがる傾向がある。
「格差」問題だと、政権批判のキーワードに成り得ると、思って使っておられるようやけど、どうなのかね。
小学校のかけっこで、お手て繋いで、みんなで一緒にゴールしましょうって、学校が有って驚いたけど、こんなことやってるの、日本だけやで。
みんなが平等でなかったらあかんというのは、あくまで、環境や前提条件であって、早く走りたいと努力した子供が、人より早く走れるようになるように、人との競争というのは、モチベーションでもある。
教育という場は、大人になって、競争社会になることを、正しく教える場でもあるはずなんやね。
ところが、日本の教育って、平等であることと、人と競う事を混同していて、競争は避けるべきこと。格差は良くない事なんて、馬鹿なことを教えるところがある。
以前にも書いたが、悪いのは、貧困であって、格差ではない。
そして、今の社会って、何でもかんでも、お金と言う物差しで見過ぎる。
人より貧しい事が悪い事なんてはずがない。人より豊かな事も悪い事と教えていたのは、中国の文化大革命の時代のことやわな。
人より努力して豊かになった人が批判される社会は、共産主義社会そのものやからね。
こんな考え方が蔓延してくると、人より頑張る人が居なくなってくる。
人より頑張る事が、恰好悪いなんて、穿った見方しかできない大人になるな。そう、言いたいのやね。