最近の年寄りは
嫁入り前の娘さんが殴り合い。五輪選手に恋愛禁止なのですかと、聞くと、セクハラと言われる。
昔は、最近の若者はと、愚痴を言えば、世の中の同意がもらえたけど、同じ人が、今の若者を嘆けば、逆に、バッシングされる時代になったのかね。
何か、最近の世相って、時代が変わったのかも知れないけど、ちょっと言葉狩りのようにも聞こえるね。
団塊の世代の人たちが、最近の若者に逆襲されているような感じにも、見えなくないのかもね。
時代っていうものは、いろいろ変化しながら、移ろっていくものやけど、昔の価値観を塗り替えて、新しいルールで、批判しているようにも見える。
自分たちで、どんどん使える言葉を減らして、自分で自分の首を絞めているようなもの。
今、批判している若者も、いずれ、時が過ぎれば、今度は、非難される側に回るのにね。
寛容さが無いというか、少しでも、自分の感覚と異なる人を、異質視して、叩く癖って、良くないと思うのやけれどね。
張本さんも、名古屋の河村市長さんも、今の感覚と違うからと、叩かれているけど、昔の考え方だから、仕方がないで、許してもらえない。ちょっと、厳し過ぎないかな。
昔の年寄りは、どうしようもなかったけど、年寄りのいう事だからと、許すしかなかった。今は、どうしても許さない。
生きづらくないか。異なりを認め、一つを生きる。
世の中、いろいろな考え方の人がいることを許せなくて、皆が同じ考え方でなければダメって、この同調圧力って、実は、怖いことなんやね。
バラバラが大事。下手に一つにしてしまうと、また昔のように、大政翼賛会のような思想とか、独裁政治的な国家感の日本になってしまう。
右とか、左とか、やないのやね。仲間か敵か。この白黒を、はっきりしないのが、花。ってなこと、意外と、多いのやね。
寛容性のある世の中を目指さないか。