暴露バッシング
最近の日本の世の中って、何か、みんなが、文春砲の尻馬に乗って、寄って集って、ごく一部の人たちを、完膚なきまでに叩きのめさないと、気が済まないような、寛容性の無い世の中に、してしまってないやろうか。
森元総理が、また、ある秘書さんの女性を指して、「女性とは言えないぐらいのお年の女の方」なんて、間抜けな軽口をした。
この言葉が、今の世の中では、完全にアウトなんだけど、この方の年代の感覚では、セーフで、ペーソスと、ユーモアだと考えておられるフシがある。
60歳代の私の感性と、20代30代の人たちの感覚というものは、根本的に、ジェネレーションギャップがあるのは当たりまえ。
それをいくら、議論しても、論破なんかしても無意味やわな。
私なんかは、あぁ、また、このオッサン。叩かれそうな事しゃべってはる。
あほやなぁ。ぐらいなんやけど、若い人たちには、それが、我が事のように、腹が立って、どうしようもないほど、許せない事なんやそうな。
私ね。高名な仏教の僧侶の方が、おっしゃった、「まずは、全てを許すことから始めなさい」という教えが、好きなんやね。
人と人の間には、考え方に格差があるもの。異なって当たり前。だから、その異なりを認め合い、許すことから、全てのことを始めたら、世の中、うまく行く。という考え方に、妙に合点がいくのやね。
でも、振り返って、今の世の中って、白黒はっきり決着を決めないと、いけないという、冷徹過ぎるところないかな。
物事の感じ方が十人十色、人の数だけ違うのに、自分とは違う異質なものを攻撃することの異常さ。そんなに、許せないことかって。
日本に、ディベートという、相手を言い負かすという、欧米的な手法が入って来て、和をもって貴しとする日本的な考え方が、排除されてしまった。
私、ここいらが、日本的な良さが失われてきた大きな原因やないかと思っているのやね。日本は、強者も弱者も、両方生かす文化が有ったはずやないの。
こんなこと、続けていたら、世の中のいろいろな意味での格差がどんどん広がって、良くない国になってしまわないか、心配やわ。