メディア・リンチ
東京五輪の開会式と閉会式のプランを担当していた、佐々木氏という方が、辞任をした件。
よくよく、聞けば不可解なことばかりや。
渡辺直美さんを、オリン「ピッグ」なんて、ダジャレのように、豚の扮装をしてもらう企画だって、ごく一部の担当者の間だけで、ブレーンストーミング段階で出てきたアイデアの1つだけでしかないやないの。
それも、その時期がもう1年も前の話だというのやね。
それが、開会まで、4か月となった、このタイミングで、文春がネタにするって、何か、明らかに、別の意図が感じられると、考える方が普通やないのかな。
そもそもやけど、プラン段階の、アイデア出しの事って、いろいろこれから検討して、やっぱり、こりゃ、品が無いねとか、人の容姿を侮蔑する内容だから、問題があるねって、淘汰されるものやないのか。
それを考えただけで、一発アウトってなったら、それって、あまりにも厳し過ぎないか。
誰も何も言えなくなるし、怖くて、思いついたことも、口に出せなくなってしまう。
内心の自由まで、奪いかねないこと。これをアウトにするのは、メディアによる、個人への私刑。メディア・リンチ、そのものやないのかな。
何か、日本の中に、「呪われたオリンピック」を演出したい、おかしな人たちが居て、その人たちが、画策して、森喜朗氏とか、佐々木氏を、追い詰めて、処刑しているように見えて、しゃあないのやね。
もともと、そんな人たちは、東京オリンピックが、失敗すればいい・・とか、日本の政府が恥をかいた方が、気持ちが良いなんて、邪な考え方というか、悪意のようなものを感じてしまうのやね。
この不自然さって、何なんやろうね。どこかの国のスパイとか、工作員が、活動しているワケじゃないやろうけど、そんなことも、疑うようなことが続く。
日本という国を貶めたい人たちって、本当にいるのやろうか。。何か、寂しい話やわ。
五輪って、日本にとって、日本人にとっての晴れ舞台のはず。その国民が分断されて、物事が進んでいくこと。やっぱり、今は、延期するべきやないのかなぁ。
日本は今、「地の利」はあるのだから、あと大事なのは、「時の運」と「人の和」これが、揃わないと、何事もうまく行かないって。