リコールつぶし
愛知県の大村知事が、愛知トリエンナーレという芸術祭で、内容的にかなり偏向した展示物を展示するのに、補助金を出したのはけしからんと、大村知事へのリコール運動が起きた。
昭和天皇の写真を燃やす映像を展示して、これが、芸術上の表現の自由だというのやから、ちょっと、酷すぎるのやないかと、私も思っていた。
ただ、街頭でリコールの署名集めが進む一方で、それを、潰す目的で、偽の署名簿が、業者によって、九州で作られていたらしいことが、分かったのやね。
これって、署名集めするフリをして、インチキの無効署名を、まんまと、紛れ込ませるのに、成功したとも取れるな。
このリコール潰しのために、わざと、スパイのような人たちを送り込んで、不正を偽装できたとしたら、集まった署名の真偽性を、いとも簡単に薄めてしまうことが出来る。
これ、きっと、新たな問題点やね。
署名って、善意の人たちがするのが前提になっているのに、明らかに意図的に不正署名を紛らわせることが出来て、これが、本物か偽物かを判別するのが本当に難しい。
もし、集まった署名の中に、アルバイトの人が、住民の名簿を書き写しただけのものが、含まれていたら、本当に、リコールに賛成の人たちの多くの意思を無駄にできてしまう。この理不尽さ。
善意しか無い前提に、悪意を簡単に紛らわせてしまうことが出来る。この罪深さったらないわな。
リコールっていうのは、ある意味、国民の権利でもあるはずなんやね。
この人が、知事に相応しくないと、感じる人たちが、増えたら、知事職をはく奪することが出来る権利でもあるのやね。
ところが、このリコール権が、一部の人たちの手によって、形を変えた妨害活動が簡単に出来てしまう点。これをどう防ぐか。大きな問題点を提供してくれたのやないかな。
それにしても、このニュースを見ていると、人の善意を信じることって、何なんやっていう空しい気持ちになる。
騙された方が悪いのかも知れないけど、ダマそうとしたヤツは、もっと悪い。
人を信じることは、悪なのかね。