店名公表
日本には、「世間」という、目に見えないメカニズムのようなものがある。
皆と、同じようにしなければ、ただでおかない・・ような、同調圧力が、中傷や、お互いを監視しあうことに、つながってしまう。
私が我慢しているのだから、お前も我慢しろ。その感覚って、正義を振りかざして、自分を認めさせようという、承認欲求だけやないのか。
特措法というのは、政府が責任逃れをするための法律。休業要請するのなら、補償を明記しろと、大阪の吉村知事は、言っていた。
日本中を戦前のとなり組のような、相互通報制度を復活させるような空気感。何か、嫌な世の中やね。
また、春のように、営業しているパチンコ屋をチクる人が出てくるのやろうかね。同調圧力を利用するのはやめてほしいのやけれどね。
「社会」っていうのは、法律がルール。ところが、「世間」っていうのは、感情がルールになってしまう。
感情が罰則につながるのは、やってはあかんこと。法と感情をごっちゃにしたらあかんで。
店名公表って、ただの世間への、罰則の丸投げってこと。忘れたらあかんで。