デジタルゆでカエル
カエルをぐらぐらと沸騰した湯に、放り込むと、熱いから、慌てて逃げ出す。
でも、水からカエルをいれておけば、気付かないうちに、カエルは茹でられて死んでしまう。
今の日本は、このカエルのようなもので、皆が、ぬるま湯につかっていて、世界の大きな変化に気付いているのに、自らの行動を変えようとしないのだという。
日本人は、協調性、同調性が好きで、周りの人が、変わらないと、自分を変えないところがある。
人のふり見て、我がふり直せなら、良いのだけれど、遠くの国の人たちが、激変して、ものすごく成長しているのに、今までのやり方を変えるのが嫌で、前例踏襲が多すぎるのやそうな。
特にデジタルの世界では、世界がどんどん変わっているのに、日本はまだ以前のまま。そんな例が多い。
中国では、現金を使った買い物が無くなって、スマホ決済しか、信用されない時代になっている。偽札も多いからね。
未だに大きい財布を出してきて、小銭を時間をかけて探している日本人は、先進国では日本だけと、手厳しいことを言う人もいる。
発展途上国などでは、いきなり、スマートホンが歴史に登場し、生活様式や、買い物のやり方、インターネットの活用法まで、一変させている。
なのに、日本のデジタル化は、団塊の世代の老害化からなのか、遅々として進まない。
行政もいまだに、自著でなくてはダメとか、赤判(印鑑の印章)がないと、申請書類として認めない。こんな、あほなこと、いつまでも、やってたら、笑われるで。
貯金を引き出すのにも、証明書。サインはちょっとなんていう頑固な人が、まだ頑張っている世界。
地方に旅行に行けば、現金しか使えないお土産屋がまだまだ多いことか。
みんな、気が付けば、茹であがったカエルになっちゃうかもね。死んでからでは遅いのやけど。。
本当なら、このおはなしには、蛇が出てきて、カエルはそれに気づいて、逃げ遂せるのやけど、今の日本にとっては、ちょうど、コロナ騒動がそのヘビの役目なのかもね。
こんなときだから。こんな時だからこそ、思い切って、世の中のデジタル化を進めて、頑固な日本人の頭の転換を図るべきなのかもね。
コロナ禍で、実際、多くの零細小売店が廃業する。そして、新しいスタンダードが形成されて、その流れが、当たり前になる。
変わること、変えることに、億劫やった日本に、いま、生き残りの試練のタイミングが来ているのかも知れないね。