お金持ちは悪
時代劇に出てくる越後屋とか、共産主義国じゃ、あるまいし、お金持ちは悪人じゃなきゃいけないなんて、固定概念、おかしいわな。
政府は、不妊治療に補助を出す人と出さない人を、その人の年収で分断してきた。やっと、やめるようやけどね。
少子化のこの時代に、少しでも、子供を増やそうとしているのに、収入のある人と、あまりない人を区別している場合かと、思うのやね。
親の年収とかで、人さまをカテゴライズすることって、本来やったら、法の下の平等に反すること。
ところが、政治家やら、官僚やらが考えている政策に、親の年収何百万円以上の人は、ダメとかいうのが多すぎる。
お金のある人に、助けが必要ないから・・という理屈は分かるのやけど、人の価値を、金銭の稼ぎの多寡で分断してしまうなんて、政治が本来、最もやったらあかんことやないのかな。
年収いくら以下の人が最も優位になる政策とかをすると、人は、その基準以上の稼ぎをしなくなる。
パートの奥さんが、せっかくもっと稼げるのに、税制で優遇されるからという理由だけで、働かない。
これほど、バカげた法律の建付けって無いのやないか。
もし、どうしても公的に助けが必要なら、原則平等で、本当に生活が苦しい住民税を免除されている世帯とかだけに補助すべきやと思うのやね。
それに、年収って、実はええかげんで、今年は年収1億円あるけど、来年は100万円しか稼ぎがないなどのお仕事って、あるわな。
投資家とか、芸能人、芸術家に、発明家、IT起業家、ユーチューバーなんかもそうかな。
収入が安定的でない人って、けっこういる。そんな人たちって、今日は天国、でも、明日は地獄なんて可能性もある。
それを、年収という、たまたまの区切りだけで、行政サービスに大きな差をつけるべきなんやろうかね。
我々は納税によって、地方自治体や政府から、サービスを受ける権利を得ている。そのサービスの内容は、本来、絶対的な公平性があってしかるべきなんやね。
でも、そのサービス内容の差をつけて、国民を分断して、あんなは、OK。あんたはダメ。って、言われたら、我々の収めた税金の使い方が、ちょっとおかしいのやないかって、みんな、言わないといけなくなる。
公正・公平にやってくれ。みんなが、お金持ちになりたいと思う世界が正常で、お金持ちには、なりたくないなんて世界は異常。一番言いたいのは、そこやわ。