新保守主義
国際高等研究所の副所長である、佐和隆光氏という方が、新保守主義というのを、うまく定義されていた。
新保守主義とは、自由で競争的な市場を万能視して、「小さな政府」を目指す経済思想のことを言うのだという。
何やら難しい定義のようやけど、ようは、自由な競争社会は、頑張った人が勝者になって、頑張らなかった人が敗者になるから、公正やというのやね。
敗者が路頭に迷うのは、努力を怠ったことへの当然の報い・・だとされる。誰しも敗者にはなりたくないから、否も応もなく努力する。
その結果、イノベーションが加速され、労働生産性が向上し、経済成長率が高まる。
でもね。能力と親の経済力に恵まれた人は、自由競争の勝者となる確率が高い。
その人たちは、勝者としての奢りにも増して、敗者への同情の念に強く駆られて、平等思考のリベラルを支持するのだという。
ただし、これは、欧米でのお話し。日本の政界には、保守対リベラルという、当たり前の対立軸が備わっていない。だから、日本にも本当は、正しい対立軸が必要だというのやね。
菅総理は、新保守主義の旗色を鮮明にしている方である。いまの日本に欠けているのは、しっかりとしたリベラリズムを確立した野党の存在。
自民一強が、日本にとって、振り子の論理が正しく機能しないことは、日本の不幸なのやね。
米国の大統領選を見ていると、共和党と民主党が拮抗し、互いの政策を切磋琢磨することによって、正しい道筋を示していくという、機能が確立されている。
日本の民主主義って、まだまだ形だけで、本当の意味での効果的なメリットが出てこない歪んだ性質のものであること。これは、これからも、大きな問題になり続けるのやろうね。
ようは、今のような、しょうもない野党では、政権交代なんて、夢のまた夢やということやわな。