鍋文化に危機
暑かった夏も、あと少し。もう少しの辛抱だと、思える夜も、最近、チラホラある。
異常な高温が続いていた京都の夏の熱波も、日が落ちると少し、夜風が涼しく感じるようになってきた。
自粛自粛で、京都市内の真新しいホテルは、1室何と3000円台からある。
新築のホテルのお部屋が、ガラガラで、安売りしている。こりゃ、観光客の方たちからしたら、いま京都に来ている人は、かなりお得だっていうのが、ご存じなんやろうね。
今までは、真っ暗だったホテルの窓も、ところどころのお部屋に、灯りが見えるし、街の人出も、少しづつではあるけど、増えてきているのかもね。
以前のように戻るのは難しいだろうけど、ちょっと前よりは、いくらかは、マシ。この覚悟が必要なんやろうね。
さて、秋風が心地よく感じだしたら、恋しくなるのが、お鍋。ただ、このお鍋は、コロナ感染の観点から見たら、皆で、唾液のついた箸を同じ鍋の中に入れて、食事をするのだから、ウィルスを、みんなに、強制的に散布しているようなもの。
同じ釜の飯を食った仲間は、もう過去の事で、これからは、食事を共有することや、同じサラの食べ物を取り分ける行為は、厳に慎まないといけない。水くさい話やけどね。。
一人鍋とか、一人焼肉。ちょうど、一蘭のラーメンのような、席を仕切った営業スタイルをお手本にするようなことが、流行るのやないかな。何か、寂しいけど。。
ほんと、コロナって、罪なウィルスやね。人と人を分断させてしまう。ほんと、イライラするね。