国頼みを止めないか | 京都発、言いたい放題!~毎日更新~

国頼みを止めないか

 世界中が未曾有の国難に直面しているなか、国がどうして、国民の生活を支えればよいか、知恵比べになっている。

 

 米国は所得制限を設けたうえで、一律1400ドルの支給。ECなどでも、個人にお金を支援して、景気を何とか下支えしようと、躍起になっている。

 

 日本は、5割以上収入が減少した人や、住民税を非課税になっている人に30万円を給付しようとしている。これ、一人10万円給付に急に変わったけどね。

 

 この、「支給」と「支援」と「給付」この言葉に、各国のスタンスの違いがあって、興味深い。

 

 日本の「給付」って言葉。いかにも、下々の者たちにお金を配ってやる・・っていう感じの役人目線。。日本はほんと、変わらんね。。

 

 私、「支援」で良いと思うのやね。。こんなご時世だから、皆さんの生活を守るために、国民生活を支援しますって、いうことであかんのか。。

 

 それに、役人言葉の「要請」とか「命令」とか、「指示」とか。。

 

 要請なら、営業補償はしませんよって意味。命令、指示なら、国がいくらかの補償をするから、休業しなさいって意味になる。大きな違いなんやね。。

 

 そもそも、商売していて、売り上げが下がって、成り立たなくなったら、廃業や休業するのは、致し方ない事やわな。ビジネスにリスクはつきものやから。。

 

 では、どこまで助けて、どこから見放すのか・・なんて、誰が決められるのか。

 

 居酒屋さんがお店を休んで、100万とか50万の、休業の協力金を、国からもらえるって、それ、皆が言い出すわけやろ。。それ、税金で出して、その金を負担するのは、我々国民、納税者やわな。。

 

 なんでも、国頼みの体質って、私、良ろしくないと思うのやね。。

 

 国家賠償訴訟っていうのがある。あれって、誰が悪いでもなくて、国が補償してあげる以外、他に救う手立てがない場合に限って、認められていること。

 

 例外中の例外のはずや。。その伝家の宝刀を抜きまくって、皆が国に、カネよこせ。。ばかり言い出す社会って、国の崩壊という未来しかないのやないのか。。

 

 みんな、万が一のために、いろいろ苦労して、蓄えて、万が一のために、他の商売に変われる準備をして、破綻するリスクを減らそうとしている。

 

  良い時はみんな良いけど、悪くなる時は、良いところと悪いところの格差が大きくなる。

 

 その中で、生き残るためにはどうしたら良いか。これを、皆が、一所懸命、考えるしかない。。今、それを問われているのかも知れないね。。