批判疲れ
連日、桜を見る会のネタばっかり。。
安倍総理も、さすがに公金を使っての開催に気が引けたのか、取りあえず、来年4月のこの会の開催を中止することにしたそうな。
そうしたら、今度は、こんな大事な会を総理の一存だけで、簡単に中止できるとは、何事だ。それこそ、首相が、この会を私物化している証拠だと批判する。
でも、これを聞いた他のコメンテーターが、総理大臣主催なのだから、安倍総理以外の誰が中止を決められるのか・・と、逆質問されて、黙ってはった。。
よく考えれば、総理大臣、その人が主催者なのだから、その人が、会の開催の可否を決定できるのは、当たり前。。こりゃ、一本、取られたね。。
普段、安倍批判ばっんりしているから、こんな単純なトリックに、見事に、引っかかってしまう。。
私ね。安倍批判ばかりしている人たちって、基本的に、人をねたたんだり、羨ましがったりする気持ちを、批判に置き換えてばかりいると思うのやね。。
「ずるい」ということを、「不公正」にすり替えていること。これを無意識の間に、いつもやっているから、こんな阿呆な批判になっちゃう。。
もともと、昭和27年から、続いているこの会は、支援者サービスの色彩が、かなり濃い要素がある。
時の首相のファンミーティングを公費でやっている感覚。今まで、それを認めてきたから、成立してきたのやないかな。。
これを首相の特権だと考えるか、不公正だから止めろと考えるか。国会が決めればええのやないのか。
公費での支出を認めないと国会で決めれば、出来ないのやから、決議で決めるのが、民主主義のルール。悔しかったら、政権取れよ・・で、終わってしまう話。
自分たちが、それを出来ないからずるい。。このレベルで、話されては、何も出来なくなるのやないのかな。。