戦後のタブー | 京都発、言いたい放題!~毎日更新~

戦後のタブー

 我々日本人が、やってはいけないこと・・に、させられてきたこと。それは、日本への「侮辱」という言葉に、腹を立てること・・やったんのやないかな。

 

 日本人って、韓国や中国に、何を言われても、じっと、我慢してきたことがあったのやね。それは、それらの国に大きな迷惑を掛けたという、負い目でもあったわな。。

 

 日本は、敗戦によって、国に誇りを持つことを禁じられてきたのやないかな。天皇陛下が馬鹿にされることって、実は、日本人そのものを馬鹿にされることやったんやね。。天皇は、国民の象徴なのやから。

 

 我々日本人は、天皇陛下万歳と言いながら、多くの人が死んでいった。つまり、陛下のために死ぬことは、日本人としての誇りを保つ行為の現れやったわけや。。

 

 命を投げ出して戦ってくる日本人を米軍は、恐れた。自らの命を惜しまず、戦う人たちは、まさに命懸け。。そんな価値観は、米兵にはなかったからね。。

 

 戦後、この日本人の死生観の全否定は、米国の洗脳によって、繰り返し、日本人の再教化に使われた。

 

 だから、日本人は、自らの国に誇りを持つ、「愛国」という考え方を、戦後ずっと、全否定されつづけてきたのやね。。

 

 でも、自分の生まれ育った国を愛して、自分のふる里やら、家族を大事に考える考え方って、随分、日本人の中に染みついた普通の考え方やわな。。

 

 ところが、これが、天皇を持ち上げて、日本を危険な国にしたと、戦後教育で、日本は悪かった。悪かったと教え込まされた。

 

 戦後教育を受けた我々は、ある意味、天皇陛下を尊ぶことは、戦前への回帰につながるから危険なことと、盲目的に、信じ込まされて無かったやろうか。。

 

 よく考えたら、昭和8年生まれの、終戦時僅か11歳だった、今上陛下に、謝れ・・って、なんでそんなことをしなくてはいけないか。。という、素朴な疑問がある。これって、日本という国自体への侮辱以外の何物でも無い。。

 

 文議長が陛下を貶めることを言い出して、なぜ、これに腹を立てている自分がいるか。。これが、はっきり言って、なかなか、判らなかった。。ずっと、もやもやしていた。。

 

 でも、それに腹を立てる気持ちが、この人が日本という国を侮辱していて、それを受け入れないと、酷いぞって、言っているに等しい意味があることに気付いたのやね。。

 

 自分の生まれ育った国を大事に思う気持ちまで、否定されてきた歪み。。日本人が馬鹿にされた時に、普通に、怒り、反論すること。。どこまで、日本人は、我慢させられないといかんのか。。

 

 あまりにも、鬱憤が溜まりすぎて、また日本人が爆発しなければいいけどね。。そのためにも、日本は、我慢強い。でも、馬鹿にされたら、ちゃんと反論する。そんな、普通の国にならないとあかんのやないのかな。。