人生は暇つぶし
人間、歳をとってくると、若い時に感じていたような、「人は何のために生きるか」なんて、哲学的なことに鈍感になる。
実際、若い人には、未来があり、年老いた人には、死が近づく恐怖しかない。
先日、ある人の文章を読んでいて、ちょっと「へぇ~」と、思った事があった。それは、「人生は、壮大な暇つぶし」であるというのやね。。
人って、何か目標を持って、それに努力することが尊いと、教えられて永い人生を生きてきているのやけど、ふと、振り返ってみて、自分の人生、何やったんやろうと、思うことがあると思うのやね。。
若い時に目標にしてきた事の、いくつかは実現し、いくつかは失敗し、諦め、また、次の課題を見つけては、そのことに、一生懸命になる。。大事なのは、その事が実現した成否やなくて、その努力する過程にある。。
我々は、何となく、そのことに、自分を正当化し、これでいいのだと、自分を納得させて生きている。知らんうちにね。。
でも、よくよく考えて見たら、生きることは、生まれてから、死ぬまでに何をするかということに尽きるのやね。。
ある時は学び、ある時は汗をかき、ある時は休み、またある時は、感動する。。仕事だって、生きていくための糧を得るためにしていると、信じ込んでいるけど、実は、自分の時間をいかに楽しく有効利用するための、一つでしかない。。その人はそう言うのやね。。
そう言われれば、人生は暇つぶしの連続。食べることや寝ること、動くことや感じることまで、ずっと暇な人生をどう過ごすか・・・のためにあるだけのこと。。
そう、考えたら、何か「ふっ」と肩の力が抜けた気になった。
実は今週、まだ雪の残る比叡山の延暦寺という所に、大津側からケーブルで、行ってきた。その荘厳な空気のなかにいると、何か、いろいろなことが、落ち着いて考えられる。そんな気分になれた。。