医療費負担あほらしい
麻生財務大臣が、「不摂生が理由で病気になった人の医療費を健康のために努力している人が負担すること」に、「あほらしい」と、指摘した知人のことを、「いいことを言う」と言った。
マスコミの人たちは、このことを「不適切発言」だと、言うのだが、どこがどう不適切だと、的確に指摘している所はなかなか見つからない。。
麻生さんの発言を、「問題発言」にしたい人たちばったりで、まさに、報道機関は、安倍政権打倒のために頑張る人たち化しつつあるのかな。。
実際、健康保険などの医療保険は、その掛け金を支払っている人と、それだけでは足りなくて、国家予算から莫大なお金を、援助して成り立っている。
健康な人は、全くメリットが無く、不健康な人、或いは、不幸にも病気になった人たちだけが、自らの負担が軽減されるシステムや。
つまり、このシステムは、大前提として、ほとんどの健康な人が、一部の病気の人を扶助する事で成り立っている。
ところが、高齢化によって、爆発的に医療費がかかる人が増えて、税負担が重くなったために、このような議論が出だしたのやね。。
国民皆保険制度は、世界的に見れば、日本が誇るべきシステムなんやけど、そのシステムが、負担と支給のバランスが大幅に狂ってきてしまって、どうしようもなくなっている現状がある。。
かといって、ちょっとぐらいのことで、病院に行くな・・は、口が裂けても言えない。。国民全部が、我慢しなくなったおかげで、平均寿命も延びてきたし、医療費は増えても、命が助かるから仕方無いのではないか。。という、無限ループに陥っている。
この問題は、ちょっと医療費全体を切り分けする必要があるのやないのかな。。命を救うための救急救命や、生死を行き交うような深刻な病状に必要な医療費と、通常の生活を維持するためや、ちょっとした病気の治療に費やされる医療費を分けるべきなんやね。。
本来、薬代や医療報酬が、健康保険にぶら下がりすぎているのではないかという指摘もある。本当に必要でないかも知れない薬の処方が慢性化していて、日本の老人は、薬漬けになっている。
中には、薬を飲むことに安心感を得て、それが無ければ、飛んでもなく不安になる痴呆症の老人の方もいるそうや。
その方には、薬効成分の全く入ってない疑似薬というものを飲ませているケースもあるなどが、ニュースになっていた。
医療費削減のために、個人個人の処方される薬の見直しが、第三者によって、されるような仕組みが必要なのかも知れないね。。