酷い時代
日本の夏と言えば、いつも戦争の時の、お話が出てくる。もう戦後、72年なのやから、その頃20歳だった人も90歳を超える。
戦争の生き証人たちが、まもなく姿を消してしまう。そんな時代になってきたのやね。。そんななか、お墓まで持って行くつもりだった話が、やっぱり、死ぬ前に、カミングアウトしておきたいと、いう事が出てくる。
満州は新天地という政府の口車に乗って、多くの日本人が、満蒙開拓団に行った。でも、終戦直後には、その日本人達は、中国人や朝鮮人、そして、ロシア人などに、とんでもない目に会わされている。
毎日のようにやってくるロシア兵に女を差し出す。それに耐えられず何十人の開拓団が集団自決。
団の人たち守るために、自ら犠牲になって、交代でロシア人将校たちの強姦ゲームに「お接待」と称して提供された人たち。。今の日本では想像出来ないようなことが、現実としてあった。涙無くしては見られない。。
命からがら日本へ帰ってきた人たちは、その時の話を、決して口外しないという掟を作って、半世紀以上、だまり続けてきた。。でも、やっと、それを口にし出す。。。
日本に米兵が進駐軍として大量にやってきて、放置すれば、そこいらじゅうで、レイプ事件が起きる。
そのために日本政府は、米兵のお接待役として、多くの女性を雇って、何百カ所もの慰安所を運営していた。そこいらじゅうに、パンパンばかりになった。。
もちろん、昭和32年の売春防止法の制定まで、娼婦は、職業の一つやったけど、これに大量に借り出された貧しい女性たち。。日本の黒歴史がまだまだたくさんある。。
現代の価値観では、とても想像出来ないようなことがわずか数十年前の北東アジアでは、公然と成されていた。戦争で攻め入る人たちは、何をしても許されるという、狂気の時代。。
私のおじいさんの年代の日本軍だって南京に入った時には、現地の女性たちに無茶苦茶なことをしている。。綺麗事やない。。まぁ、当時は日本人だった朝鮮兵も日本軍に含まれているけどね。。
戦争は狂気の成せるもの。。。今はただ、手を合わせることしかできない。。