押しつけられた伝統行事 | 京都発、言いたい放題!~毎日更新~

押しつけられた伝統行事

 京都市や大阪府北部では、この時期、地蔵盆と呼ばれる伝統行事が執り行われる。今では、子供たちの健やかなる成長を、お地蔵様に願う、行事として、続いてるのだが、この地蔵盆。実は、全然別の意味があったそうなんや。

 

 お地蔵さんというのは、地蔵信仰から来ている。日本では、人が亡くなれば、極楽浄土に行ける。ただし、皆が皆、行けるわけではない。清く正しく美しく善行を重ねていた人でも、何か悪い事をしたときもある。その悪行のために、往生出来なかった人たちは、地獄に落ちてしまうのやね。。。

 

 ところが、その地獄に落ちてしまう人たちを救済するのが、人の苦難の身代わりになって助けてくれるのが「地蔵」さんということで、皆が地蔵さんを慕うようになったそうや。

 

 ただ、この地蔵信仰というも、鎌倉時代には、下火になって、今度は「念仏信仰」に変わっていく。念仏をすることによって、自らの悪行の許しを乞い願う。。。ことより、積極的な形によって、地獄行きを助けて貰おうとした。。。ってことかな。。。

 

 もともと、地蔵盆がなぜ、京都を中心に広まったか。。。これには諸説あるようやけど、豊臣秀吉が、京都に御土居と呼ばれる土盛りによる外壁を作ったことがルーツだというのやね。御土居の造営には、多くの人手が必要や。そのために多くの人が、京都に集められた。

 

 全国各地から京都にやってきた人たちは、それぞれ、自分の出身地の風習とか、ルールを京都に持ち込んでしまう。。。それで、都の中が、随分混乱したというのやね。

 

 それで、各々ルーツの異なる人たちを、集結させる目的で、地蔵盆が発展したというのやね。。ふる里の違う人たちがともに京都に住み、その人達が共同で、行事を行わせることによって、市中の混乱を緩和させたかったのやろうね。。。

 

 また、地蔵盆には、町内から、いろいろなお供え物の食べ物が集った。そして、その「お下がり」として、皆がそれを食べていた。

 

 ところが、明治時代に京都でコレラが大流行し、このお供え物の飲食が禁止された。そのことから、現在のように、福引きで日用品やおもちゃがあたるスタイルに変わっていったそうや。。。

 

 行事も、400年間も続くと文化になる。。。京の地蔵盆が、日本の「無形文化遺産」に選定されたのも、この永きにわたる伝統がそうさせたのやろうね。。。ただ、この伝統が、もともとは、「お上」によって、押しつけられたものやったのは、ちょっと意外やったね。。。