感動ポルノ | 京都発、言いたい放題!~毎日更新~

感動ポルノ

 毎年、日本テレビは、24時間テレビと称して、まるまる1日以上、通しの番組を放送している。この番組を通して、被災地への募金活動を行ったり、恵まれない人たちに、愛の手を差し伸べたり。。。多くのタレントさんたちが、ノーギャラで協力したり。

 

 豊かになった日本人は、次はボランティアだ。ドネーションだ。。。という趣旨の特別番組が、もう何年も続いている。お揃いのTシャツ作って、それをみんなが着て、皆さんの愛を一纏めにするために、今や、スーパーのレジでパートしている女性にまで、そのTシャツを着せて、募金を呼びかけている。

 

 そして、毎年、24時間走り続けて、番組終了時には、感動のゴール。このシーンが欲しいがための、マラソンランナーが選ばれて、その人がゴールで感動の余り、涙を見せるシーンが大写しにされる。。まぁ、毎年、同じことを見せられている方からしたら、いささか、食傷気味の感は拭えない。。

 

 感動って、意図しなくて、その人の本当の一生懸命さが、見ている人たちに伝わったときに、初めて生まれるもので、番組の構成作家さんが、一生懸命考えた台本通りに、タレントが演じて、見せつけるものやないわな。。。

 

 まぁ、毎年同じことをやっている人たちからしたら、新しい何かをしなくちゃならないと、頭を悩まされてやっているのだから、ご苦労さんなことやけどね。。。

 

 ただ、最近は、大いなるマンネリのせいか、安易に「お涙頂戴」なネタを探してきてテレビに出すことが増えているのやね。。

 

 それは、ケガで下肢を失ってしまった若者が一生懸命車いすでスポーツをする姿であったり、障害を持って生まれてきてしまった人が、パラリンピックで活躍する場面であったり。。。安易に感動を得られるネタ探しに奔走している傾向がある。。。これを「感動ポルノ」と、誰かが言い出したのやね。。。

 

 ポルノ映画は、お手軽に興奮を得られるところから、こんな言葉が出来ているのやろうけど、ちょっとね。。何か。障害のある人を馬鹿にしてないかな。。。

 

 昔、縁日に行けば、極端に身長の低い人と、極端に身長の高い人が、壁の向こうにいて、それをお金を払った人だけが見られるという、「見世物小屋」というのがあった。鏡を使ったトリックで、女の人の首が伸びたように見える、ろくろ首と同じような、見世物や。。。

 

 障害のある人を見世物にするなんて、今のように人権意識の高まっている時代ではなく、当時は、こんなのが、許されていたのやね。。。

 

 ただ、テレビでやっている「障害者を見世物にするような感覚」。。。ことの本質から行けば、これと似たような精神構造がないか。。。身体的に不自由な人を見せて、可哀想でしょ。。。と、やる。。。この制作者側の意図。。。私は、ちょっと、行きすぎたものを感じてしまうのやね。。。

 

 愛は地球を救うはずが、愛の強要を視聴者に強いている。。。そんな臭いが強いんやね。。。この不信感の原因は何なんやろうか。。よく考えてみたら、チャリティの皮を被ったビジネスモデル。。それが原因やないのかな。。。

 

 大企業は、チャリティや社会貢献をする。その理由は、企業イメージを上げることや。でもね。本当に格好良いのは、不言実行なんやね。。。社会のために我々は、こんないいことやっています・・・。これを、お商売に使わんといて、欲しいんや。。。

 

 ボランティアや社会貢献活動を利用して、お商売の売上を上げようとしている魂胆。。。これが、我々が感じる、「もやもや感」の後ろに、そっと隠れている。。。のやないかな。。。

 

 我々は感動を無理強いしてくるこの手のやり方に、安易に乗らない。。。そんな天邪鬼な気持ちになってしまうのやね。。。