松代大本営 | 京都発、言いたい放題!~毎日更新~

松代大本営

 皆さんは、松代大本営のことをご存じやろうか。先週の新聞に載っていたのやけど、正直、私はこの言葉を知らなかった。

 

 長野県の長野市松代というところに、舞鶴山、象山などの小高い山地がある。昭和19年というから、日本が第二次世界大戦を戦っていて、戦況があまり芳しくなくなってきた頃やろうか。

 

 当時の日本人は、戦争に負けることなんて、考えて無かったし、もし本土決戦になって、敵に攻め込まれても、最後の一兵になるまで、勇敢に戦う。そんな、一億火の玉がスローガンの時代や。まぁ、当時は人口1億人もいなかったけど、満州やらも含めてってことかな。。。

 

 そんな日本が、最後の最後になったら、どこに立て籠もるか。。。軍部が決めて、実際に準備を始めていたのが、この長野市の郊外やったんやね。。。

 

 平地に敵が攻め込まれても、最後は籠城も辞さない覚悟。。。そんな感じやったんやろうかね。。。この松代大本営には、皇室の皆さんはもとより、政府機関も、大がかりな地下壕をこさえて、出来るだけ永く、持ちこたえられるように、縦横無尽に地下坑道が張り巡らされていて、当時の日本の本気度合いが推察できる。。。

 

 結局、昭和20年の降伏、終戦で、この大本営は使われることはなかったのやけど、この大規模な地下都市は、今も当時の面影を残している。

 

 それにしても、なぜ、政府はこの地に大本営を作ったのか。。。それは、海から最も遠いこと。近くに飛行場がある。地盤が頑丈。長野には豊富な労働力があった。そして、何より、信州人は、口が堅かったからなんやそうや。

 

 軍の秘密を守るためには、この口の堅さが大事やったと聞いて、妙に、納得してしもた。。。この地には、天皇陛下の在所もあり、慰安所も有るなど、何万人もの人が、持ちこたえられるだけの施設やったというから、驚きやね。。。

 

 平和ぼけしている今の日本。。。戦争の悲惨さ、リアル感・・・を忘れないためにも、当時の日本人が何を考え、どんな生活を覚悟していたか・・・を知ることは、大切なことやわ。。。

 

 一度、この施設を見てみたいと思った。。。