一括りにしてしまう危機感 | 京都発、言いたい放題!~毎日更新~

一括りにしてしまう危機感

 昨年、日本での生活保護の受給者が200万人を超えたニュースがあった。。。ただ、この数字、私は、余りにも、全部を一括りにし過ぎやと思うのやね。


 一口に生活保護受給世帯って言っても、いろいろある。多くの方は、ご高齢で、社会からの福祉政策でしか、生活が維持出来ない人とか、病気や障害を死ぬまで抱えてながら生きている方やと思うんや。


 こんな人たちは、誰がどう考えても、政治の福祉政策で、守ってあげなければ、生きられない人たちやんか。この方々は、その生存権を国が保障している限り、行政がその生活を手助けするしか、方法の無い人たちや。。。


 だから、この方たちは、普通の生活保護世帯とは、別にすべきで、出来れば、国や行政が、その人たちが、そんな人たちの住むところも含めて、生命維持のために、集めてでも、効率的に人間の尊厳が守られる生活を保障すべき人たちやと思うのやね。。。


 政府はよく、再挑戦できる社会をと、いう言葉を、よく使うけど、こんな人たちは、再挑戦が絶対に出来ない人たちやんか。あまりにも明白に。。。


 だから、そういう人たちと、そうではない人たちを、区別する必要が私はあると思うのやね。。。


 社会が一番批判するのは、働けるのに、働けない振りをしている人たち。生活が苦しいのが、自己の怠惰だけによるのに、改善しようとせず、公的補助にぶら下がっている人たちやと思うのやね。。。


 私の「虫ず」が走るのは、公園で生活している浮浪者の人たちを、手助けして、公的な補助を取ってあげようと努力する左巻きの人たち・・・なんやね。。。


 みんなのお金である税金を、さも自分たちのもののように使おうとする試み。。。こんなの許し続けていたら、モラルハザードが起こってしまうわ。。。そんなに助けたかったら自分たちだけで、募金でもして助けてあげたらええねん。。。税金あてにするなって。。。


 人っていうのは、働かずに、お金が貰えるとなると、それが、もらわないと損であるとか、隣の人がもらえているから、自分も欲しい・・・になり、まともに働くのが嫌になる・・・という、転落人生を送っている事たちが居るのが、大問題やと思うからや。。。


 制度が人を腐らせるというか、何と言うか。。。最低賃金で、一生懸命、いろいろな働き口を掛け持ちしてまで、必死に生きている人たちが見たら、何もせずにお金が貰える人たちのこと、どう思うか・・・なんやね。。正直者が馬鹿を見ている現実がここにある。。。


 働かざる者、食うべからず。この現実は、自由主義国では、当たり前のこと。自由主義の中に社会主義の感覚を持ち込むと、とてもおかしな事が起きてしまう典型なのかもね。。。


 生活保護を受給することは、もっと恥ずかしい事であり、出来るだけ早く、そこから、脱出したいと、皆が思う制度でなかったらあかん。。。


 でも、それをするのには、明確な色分けが必要になってくる。何でも一括りにして、しまうのは、行政が、まとめてしまいたいから。。。これは、自分たちの仕事のやりやすさのためになっているとしたら、全く本末転倒のお話やと私は思うのやね。。。