渋谷区の同性婚が変だ
テレビの解説員は、進んだ大人の振りをするけど、同性での婚姻に進歩的な意見を言う人が、私は苦手なんやね・・・。
いくら性の解放とか、言うけど、種の保存とか、子孫を残すために、人類が生きているのであれば、タダでさえ、人口が減り続けているのに、また、少子化に輪をかけることになる可能性がある条例を認めようとすることは、私には、社会悪にしか見えないのや。
男同士、女同士が、べたべたすることが気持ち悪いという感性が正常で、同性愛を是とする考え方が変態であると、私は保守的に考えたいな。
聞けば、識者によれば、4~5%もの確率で、男性の男色、女性のレズビアン的なことに憧れる人たちが、存在するのやそうや。
この根底にあるのが、異性への不信感の延長と、人見知りや対人恐怖症に近い、極端な内向的な性格にあると私は思っている。
異性との恋愛に挫折した人が、これだけ傷つくのなら、もう恋愛なんてしたくないと考え、非婚化、そして、生活の連帯感としての同性での生活を始める例は多いと思う。
ただ、やっぱり、それは、異常なことという定義が無ければアカンと思うのやね。。。行政が積極的に、「進んだ」「分った」ふりをして、迎合し、条例なんていう、公的なモノで規定してしまったら、正式に、この同性婚を容認してしまう流れが進んでしまう可能性があるやないの。。。
ゲイやホモセクシャル、レズビアンなどの認知度は、確かに上がってきたし、おかまのタレントや、ゲイバーのホステスさんたちも、社会的に認知される機会は確かに増えたと思う。
ただ、その人たちの生き方を認めることと、その人の人としての社会性を肯定することには、ちょっと、越えられない壁があると思うのやね。。
その手の方には申し訳ないけど、日陰者は、どうあがいても、日陰者だし、身内にそんな人が居ることは、やっぱり恥ずかしいと思う羞恥心って、意外と大事やと思うのやね。。。恥の文化が廃れると、日本人の良いところが無くなってしまうから。。。
同性婚に理解を示す先進国は多い。でもね。それって、ある意味、先進国病の一種でしかないと思うのやね。。。衣食住足りて、人間が自由になりすぎると、こんな歪んだ自由のようなものが出てくる。
宗教観に裏打ちされた欧米と違って、日本は宗教というより、国民の世論のようなものが、社会の規範とかルールを形成していくようなところがある。だから、ある意味、崩れてしまったら、とんでもないことになる一線が確実にあると思うのやね。。。
最も成功した共産主義・・なんて言われる日本で、これ以上、国民の自堕落でだらしない自由が垂れ流されては困るのや。。。
世の中が、働けない振りわして、生活保護をもらう馬鹿ばかりになり、まともに努力してきた人が馬鹿を見る社会。国の責任ばかり追及して、自分の責任は果たさない奴らが、ええめをして、自由を謳歌するような国はあかんで。。。
変態に市民権を与えすぎることは、国が腐っていくこと。。。ここ、肝に銘じておかんとあかすんのやないのかな。。。