国民の右翼アレルギー | 京都発、言いたい放題!~毎日更新~

国民の右翼アレルギー

 安定多数を謳歌している自公政権。その政権の顔色を窺っているのかどうか、分らないけど、文科省が、小学校などの道徳の時間に教える内容について、ガイドラインを作ろうとしている。


 戦前の日本の教育制度を、全否定するところから、始まった日本の教育改革は、二度と日本が戦争をして、米国に刃向かって来ないように、巧妙に仕掛けられた制度でもある。


 この平和主義と、日本の戦前教育の良いところまですっかり、消し去ったルールに、日教組などのリベラルな勢力がうまく迎合し、敗戦国の日本が悪かった・・・反日で日本を必要以上に貶める教育システムがずっと戦後教育の根底にあった。


 ただ、さすがに戦後70年も経っているのに、いつまでも日本の戦争責任を問われ続けるのは、如何なものかと、感じ出す人も増えてきて、行き過ぎた反日教育にメスを入れようとするのが、安倍総理の言う、「戦後レジュームからの脱却」という動きにつながっているのだと思う。。。


 ただ、私ね。。。今、いきなり、極右の人が使うような、「愛国」であったり、「哀悼の誠」という、普通の人が、一歩引いてしまうような、過激な言い回しを使うセンス。。。これが、今の世の中に受け入れられるであろうと思う感性を疑うのやね。。。


 誰だって、極右の街宣車で、軍歌を大ボリュームで鳴らし、ガーガーやっているのは、迷惑だと思うし、その人たちが、強面で、いかにも・・・というイデタチなのを、眉をひそめて見ていると思うのやね。。。


 このイメージが右翼だとしたら、本当の思想的な右翼人たちにとっては、迷惑な話やと思うのやね。。。そこには、怖いというイメージしかないから。。。


 今の教育制度の大問題は、お国のために死ぬ人を増やすのやなくて、自分の生まれ育った街やら国を好きになって、それに、誇りを持ちましょうよ。。。ぐらいの事でええと思うのやね。。。


 自分の身の回りのことも、人も好きになれないし、愛せない・・。自分さえ良ければ良い人が増えるのは良くないこと。公徳心なんて、お堅い言葉を使わずに、みんなの迷惑になることはやめよう。そんな恥ずかしい人は、みんなに後ろ指を指されるよ・・・ぐらいでええやないの。。。


 もともと、こんな道徳の時間なんて、わざわざ、学校で教えることではなくて、家庭で子供にしつけるような内容がほとんど。。。核家族、共働き世帯が増えて、おじいちゃん、おばあちゃんに、子育ての機会が無くなってしまったあたりから、日本社会の崩壊が始まっているのやね。。。


 そのために、学校が何とかしようと、道徳の時間を作る。。。これ、なかなか難しい問題やね。。。親の教育放棄みたいな話やわな。。。



 でも現実は学校では、教えなくてはいけないことが山積み。とても道徳の授業までは手が回らない。家庭では、子供が家に帰って来ても、親は働きに出ていて誰も居ない。子供たちは塾通いに忙しい。。これでは、どこに子供たちの社会教育の場が作れるのか。。。この問題がある。


 恐らく専門家の人たちも、この問題について、いろいろ協議されたのやろう。。。そこで、今進められているのが、地域の人々によって、子供たちに学校とは別の社会のルールに触れさせる試みやと思うのやね。。。


 私の住む京都の中心部では、交通対策協議会の方たちが中心になって、子供見守り隊というのをやっている。変な人が増えているので、登下校の際の安全確保の意味もあるけど、交差点ごとに比較的ご高齢の方たちが旗を持って立つ。


 PTAの当番の人たちも立つ。そこでかわされるのは、おはよう、おかえりの挨拶。それだけでも、子供たちにとっては、家と学校以外の人との接触の場になる。


 最近では一歩進んで、地域の人が学校に出かけて何かお話をする事も増えている。プロでは無い地域の人が、ご自分のお仕事とか、経験談をお話される。子供たちにとっては、いつもの先生ではない、オッチャンのお話。。。上手では無いかも知れないけど、こんなお仕事もあるんや。。。ぐらいの良い刺激にもなる。。


 子供たちに、何度、国を愛しなさい。公徳心を持ちなさいなんて言っても、何も心に響かない。。。言うだけで、教育したことにするのは、何か小役人の姑息な下手な言い分けにしかならない。。。


 もっと、道徳の授業のやり方や、内容を吟味しないと、日本流のプロパガンダに成り下がってしまったのでは、どこかの国と同じレベルになっちゃう。。。それには、まず、国民の右翼アレルギーを解消するしか道は無いのやないのかな。。。安倍総理さんよ。。。