正義の味方は格好悪いか?
最近、たて続けに起こった事件で、世も末やと思った。目の不自由な方が連れた盲導犬が刺された事件と、盲人の方に、蹴りを入れた事件。
この二つの事件に、共通するのは、「弱いものいじめ」という、キーワードや。ハンディキャップを背負った人がいたら、まともな人間なら、その人の身になることまでは、出来ないにしても、何かしらの気遣いをするのが、私の中では、常識や。
盲人の方が持つ白い杖を見たら、この方は目が見えないのだろうと、想像する。。。そして、ご自身の身の安全のために、その杖を、何度も道にたたきつけながら、自分の進む方向に何か障害物が無いか、捜されている光景を、なぜこんな行動をされるか観察する。そして、最低限、その方の邪魔にならないように、気をつける。こうなるやんか。
ところが、恐らく、その杖が誰かに間違って当たったのやろうね。。。それで、逆ギレしたヤツが、10メートルも、盲人の方を追いかけてまで、復讐したのやろう。。。ヒザの裏側に蹴りを入れるって。。。絶句やね。。。
我々の心の中には、正義感というものがあると信じたい。弱い人をいたわる心。何かがあったら、助けてあげなければ。。。という気持ち。。。人はあると思うのやね。。。
でも、最近の世間の風潮って、我さえ良ければ良い。正義の味方を気取るヤツは、ダサい。相手の身になるほど、自分の中に余裕が無い。そんな人ばかりになってきているのかもね。。。
優先席を独占して席を老人に譲らない若者。子ども連れの人が使うベビーカーを邪魔者扱いして切れる人たち。
やさしさ・・・とまでは、言わんから、少しは他人に寛容になってもらえんか。。。人をゆるすことからしか、何も生まれないって。。。
この手の問題の犯人を、よく教育のせいにする人が居るけど、私は、家庭の親が、自分の子どもを躾けることを放棄した事が、主な原因やと思うのやね。。。
学校、保育園や塾やボランティア。本当は自分たちがやらなあかん、基本的な子どもへの良い意味での「押しつけ」これをやりたがらない親が多い。。。
変なことやけど、自分が子どもに良く思われたい親が、子どもの教育はもとより、躾まで他人任せにするから、こんなことになる。
人が幸せになれるためには、一番に周りの人への気遣いが出来る事・・・だという学者さんがいた。人は一人で生きているのではないから、社会の一員としての自分が意識出来ない人は、決して自分の周りに良い人間関係が作れないからや。
親と子の絆。これが薄れることが、世の中を狂わす。家庭の中のことが、一番大切。。。
正義の味方が格好良い。この当たり前の価値感が、正しく子どもに伝わってない。この不幸が、いろいろな日本の問題を大きくしているような気がしてならへんのやね。。。