解剖殺人鬼を生んだ背景 | 京都発、言いたい放題!~毎日更新~

解剖殺人鬼を生んだ背景

長崎・佐世保の高一女子殺人事件は、どうやら、解剖マニアの女の子が、自らの興味を満足させるがために、やったみたいやね。


 犯行の動機が、「中を見てみたかった」遺体の腹部は、切り拓かれていたというから、この犯人は、医学的な興味から、同級生をモルモットにしたかったということになる。


 世も末か・・・という前に、どうして、こんな子どもが育ってしまったか・・・ここがポイントなんやろうね。。。


 「躾と教育」という言葉が有る。躾は家庭で、教育は学校でという、子育ての守備範囲を決めた言葉であると私は認識している。


 ところが、世の中の親は、事の善悪まで、子どもに伝える事が出来ないみたいで、保育園や幼稚園、小学校にそれを求める傾向がある。


 自由に、のびのびと・・・いくら美辞麗句を並べても、そのうら側には、躾け放棄や、子どもに嫌われたくないとか、自分に子育ての自信が無い・・・などの、後ろめたさがある。


 だから、子育てを他人任せにしようと、するし、ろくすっぽ躾けもしてない、猛獣のような子どもを平気で社会に放りだしてしまう。。。


 親なら、最低限、人の嫌がる事はしない。泥棒やら、人を傷付ける行為、挨拶などの礼儀、いじめの禁止、相手の身になること。これぐらいの社会性は、躾けてから世の中に関わる方法を教えるべきやわな。


 そして、大事なのは、人とのコミュニケーションを取る能力。これが、普通なら友達を通じて、身についていくことなのやけど、この得手不得手が、特に、引きこもり行動の遠因になるケースが多い。。。


 社会との関わり方の下手くそなひと。人と話すことが苦手な人見知りの人。物事を客観的な視点でとらえられない人。。。こんな人が増えて来ている。


 私は、このこと。戦後の日本の教育の失敗点だと、早く認めて、早急に改善すべきやと思うのやね。。。


 子どもの個性尊重はええのやけど、その前に、有る程度のことは、子どもたちに、押しつけて、型にはめてしまわないといけない部分が、絶対に有ると思うのやね。。


 何でも自由に自由に。。。なんて、甘い事やっているから、平気で不登校になる子が急増し、それを、そんなに良くない事だと思わずに容認してしまうこと。私、これは、罪やと思うのや。


 必要最低限の事は、子供たちに完全に身につけさせる。そのためには個人の考え方とか、自由さは、束縛されても仕方が無い。。。そのぐらいの境地に立つべきなんやね。。。


 その子どもへの押しつけを躊躇する親や先生が多くなった。。。ここが、一番大きな問題点や。。。


 あかんものはあかん。理由なんてない。言う事をきくかきかないか。。。そんなものは、押しつけて良い。何が悪いか・・・。


 人を殺めてはいけない、人を傷付けてはいけない・・・。こんな最低限のことを、子どもに押しつけるのに、子どもの意見を聞いているアホがどこにいるのか。。。子どもは友達やない。年長の先生が、ダメだと言ったらだめ。。。それしかないわな。。。


 皆が逃げ続けて来た子育てと教育。。。解剖殺人の少女は、実はそんな時代の犠牲者なのかも知れないね。。。