チクリ文化と協調性
クラスで、悪い事をしたのは、どの生徒だと、教師から聞かれたとする。ある人が、正直に、それは、○○だと、先生に告げた。
この生徒は、嘘を言ったわけでもないけど、言いつけたヤツとして、非難された・・・。チクリやがって・・・ってヤツやね。。。日本で、よるある光景や。
日本人は、「和を以て、貴しとなす」文化があって、犯人に告げ口するより、例え、悪い事をしたのであっても、クラスの仲間意識から、何故か、その人を擁護しようという意識が働く。
この裏では、自分だけ、目立ちたくはない。仲間はずれになりたくないという、変な協調心がそうさせるのやね。
だから、皆の前では、なかなか、申し出る勇気が無く、隠れて先生に報告することになる。。。
でもね、よく考えたら、正しい事をするのに、何の遠慮をすることがあるのか・・・という正論もある。その辺りが、大変日本人らしい、悪く言えば島国根性の意識の名残なのかもね。。。
他の国では、自己と他人の意識が強いから、自分の不利益になるか、ならないかが最優先される。だから、相手のことを気の毒に思い、配慮する日本人の行動が、奇異に映るのかも知れないね。。。
韓国の朴大統領が、世界各国へ行って、日本の事を悪く言う、「告げ口外交」をしているけど、これに対する日本人の反応が、「チクリやがって・・・」の意識レベルに近いのやね。。。
つまり、日本人にとって、告げ口行為は、卑怯者のやること・・・なんていう、悪意の含まれた意識が、少しだけでも、残っている様な気がしてならへんのや。。。
ここは、日本人の意識の方が、グローバル化していない部分として、日本人の反省をすべき点・・・なのかも知れないのやね。。。世界的なスタンダードは、人を許す文化ではなくて、罰する文化やということ。
日本人のやった、いわいる従軍慰安婦の問題が、世界では、「酷い人権侵害で、到底許されるべき物では無い」と非難されることに、日本人は、どこの国でもやっていたことと、言い訳をする。
この態度が、悪い事をしたくせに、何も反省してない・・・と、取られてしまっている。多分、日本人の罪の意識レベルと、他の国の人が思うそれと、温度差があることが、この問題の根底にありそうな気がするのやね。。。
日本は、有る意味、良くも悪くも、ガラパゴスである。世界に開かれた自由主義国、それも先進国なのに、地政学上、島国で、他の国と隔絶されていたから、独自の感性が醸造されていて、そのギャップがあるのやね。
それが、良い方に働くうちは良いのだけれど、逆に悪い方に働く時がたまにある。。。大事な事は、そんな時に、意地を張るのではなく、その異なりに気づいて、意識を改善することなりかも知れない。。。
だれだって、相手が、謝っているときに、逆な文句を言ってきたら、カチンとくる。。。この当たり前のことぐらいは、受け入れる度量が必要なのやないのかな。。。片意地張らずに。。。