国民を所得で色分けするな | 京都発、言いたい放題!~毎日更新~

国民を所得で色分けするな

 いつの時代からやろう。日本はかつて、世界でも有数の中流意識を持った人たちの割合が、世界で一番多い国やった。でも、いつのまにか、お金持ちの人たちを羨んで、妬むような国民性にさせられてしもたような気がして仕方がないのやね。。。


 消費税の値上げの際にいつも、俎上に上るのが、低所得者対策という名の、偽善的な不公平税制を新たに作ろうとする政策や。税の逆進性なんて、こんなのでなかなか解消されないのにね。


 何故、政治家は、国民を所得の多寡で色分けしようとするのか。人としての価値が所得という物差しで決められてしまうとすれば、とても失礼なお話なのやないのかな。。。


 それに、所得なんてものは、サラリーマンばかりを基準にしているけど、自由業である芸能人や執筆業、スポーツ選手など、年によって、収入が大きく上下する人にとったら、そんなので決められても困る。所得税の物差しを他の税にも使おうとする発想も、どうかしている。


 この発想をする人たちは、役人さんたちや、いつも比較的貧しい庶民の味方を標榜する政党の人たちに多い。いつも、お金持ちは悪で、貧乏人が善でなかったらあかん。そもそも、この考え方が根性、曲がっとるで。。。。


 税金を沢山払ってくれる人は、少なくて済んでいる人からしたら、感謝すべき対象やないの。いつも、「おおきに」と、言わんかいな。この感謝無しに、沢山稼いでいるのだから、多く税金を負担して当たり前。税金沢山取られて、ええ気味や。。。という考え方自身が卑しい。。。僻み根性丸出しやないの。


 その国の国民性は、こんな政策によって簡単に変えられてしまっては、「あかん」もんやと、私は思う。人への感謝。これもなしに、義務は負わず、権利だけ主張する人ばかりになってしまうと、国民の品性が落ちてしまう。。。


 今の政策は、貧乏人の振りをしているのが、一番お得な政策になっとる。違うやろう。堂々と、沢山税金払っている人ほど、大きな声で自分の意見を主張出来るという、自由主義社会の根幹が揺らいでしまっているから、金持ちが日本を捨てて外国に出て行ってしまうような始末に陥っているのやないのかな。


 税金は少なく集めて、大事に使うもの。沢山集めて沢山使う政治や行政はいらない。役人や大企業のサラリーマンが、一番大きな所得を得ながら、全てのルールの中心になっている不自然さを変えていかないと、この矛盾は無くならないね。。。