違う人生があったのか? | 京都発、言いたい放題!~毎日更新~

違う人生があったのか?

 映画「そして父になる」が今年、テレビで放映されていた。この映画は、本当に起きた事を映画化しているのだけれど、今週判決が出た60年前の取り違え事件の判決。これは、気の毒やったね。。。


 1953年。。。昭和28年頃っていったら、まだまだ産院は賑わっていた時代。今から思ったら、不謹慎極まりない事やけど、新生児室で、赤ちゃんの取り違え事故なんて、よくあることやったみたいやね。


 私の記憶では、生まれた赤ちゃんの足の裏に黒いマジックで名前を書いてあった。下の名はまだないから、上の名。たまたま、その産院に、田中さんや鈴木さん、山田さんが二人居たり、産湯でそのマジックが薄くなって、消えかかっていたり。。。かなり、ええかげんやった。。。


 産院は母親は自分の赤ちゃんを間違えるなんてあり得ないと、勝手に思い込んでいたし、産婆さんは、ひどく高齢で、惚けかかっている人まで、この仕事をやっていた。自分の持って来た産着を、助産師が着せていたら、その子が自分の子だと信じて疑わなかった・・・。そんな時代やったんやね。。。


 私を含めて、この頃に生まれた子供たちは、不思議とみんな自分の血液型を知らない人が多かった。検査することが珍しい時代やったんやね。


 小学校か中学校に上がって、自分の血液型を調べたら、親からは、絶対に生まれてこないはずの血液型やった・・・なんて話を、昔、よく聞いた。。。


 おまえは、橋の下で拾って来た子。。。言う事を聞かない子供には、平気でこんなデリカシーのない冗談を言う時代やったね。。。


 まして、DNA鑑定をするなんて、医師との信頼関係を壊すことだから、とても言い出せないこと。。。ここらあたりが、病院のミスが、なかなか明らかにならなかった原因なのかもしれないね。。。


 ひょっとしたら、お腹の子の父親が別の人・・・なんていうケースも、有ったかもしれないから、このあたりをタブーにしていた事情も、病院にあったのかもしれないね。。。もめ事に首を突っ込みたくない病院や医師たち。。。これが、悲劇を生んだと言って良いのかもね。。


 今の産院では、生まれてスグの赤ちゃんには、入院患者がよくしているタグを腕か足首にしている。取り違えが万が一にも起きたら、その病院が訴えられて、廃業しなくてはならないほどの賠償をさせられるかも知れないからね。。。それほど、取り違えの罪は重い。。。


 それにしても、60歳の男の人が、一人だけ、兄たちと、顔が全く似てないと検査したら、別人だった。。。生後60年後に、ある日突然言われても、どやねん。。。その人の人生もう半分以上、終わっているのに、今更どうにもならへん。。。


 つまり、この人は赤の他人の兄弟や親たちとずっと過ごしてきて、本当の親はもう気づいた頃には死んでいた。あなたは、実は、赤の他人だった。。。こんなことになる。。。


 人生めちゃくちゃにされた。。。この人でなくても、みんな、そう思うわな。。。病院はこの男性と弟に3800万円の賠償金を支払うそうやけど、今更、こんなお金を貰ってもね。。。


 早くに父が死に、生活保護家庭で、母に四男として育てられた原告。今はトラックの運転手をしているそうや。一方、反対側のもう一人の取り違えられた男性は、裕福な家に育って、大学も出たのだという。


 産院で取り違えられなければ、全く別の人生が有ったのかも知れない。。。だれも、時を遡れないだけに、このドラマのような現実の残酷さ。。。


 育ててくれた母には感謝している。でも、本当の父に生きているウチに会いたかった。。。この無念さが心に突き刺さる。。。