役割を終えつつある労働組合
日本には、連合という、労働組合の総元締めがある。もともと、いろいろな労働組合の団体が、職種別にあったのが、ひとつにまとまったのが連合。その規模は、日本最大で全部で650万人の労働者が、構成員として組織されている。
650万人という人数を聞いて、多いと感じたか、少ないと感じたか。日本人の人口の5%だと言われると、たったそれだけなのかとも思ってしまうかな。日本の労働人口が今年の8月の統計では、6310万人ということから、その1割というのがこの数字なんやね。
そうか。日本一の連合でも、日本の労働者の1/10なのか・・・。よくよく考えてみたら、労働組合がちゃんとある会社なんて、規模の大きな大企業か、公的な仕事をしている人たちだけ。つまり、この人たちは、労働者と言っても、そのイメージとは全く違って、一握りのエリートであることがわかる。
アベノミクスがもてはやされて、給料を上げろ上げろって、政治家が、公金を使って、やいのやいのやっているけど、その恩恵に預かることのできる人たちって、全体の一割ってことやないの。あとの9割は、関係ない話。
私、後の9割の中小企業に勤める人たちや、自営業の人たち、サービス業のパートやアルバイトで生計を立てている人たちは、もっと怒らないといけないと思うのやね。自分たちに関係ないところで、血税を使うなって。。。勝手に税負担だけは、みんなあげるなって。。。
政治家は、自分たちの政策を実現するために、税金を使う。役人さんたちも、自分たちの仕事を拡げたり、維持したりするために必死に予算を確保しようとする。でも、その公金の使い道が、本当に国民にとって、本当に、必要最小限のものかどうか。一国民には、全くわからない。ここが日本の悪いところやと、思うのやね。
アメリカで予算の執行が止まっていることも、米国民が、国のお金の使い道に、大変厳しい目を持ち続けた結果やと思うのやね。納税者意識が高いから、その利益代表である議員が、なかなか折れない。これも意識の高さからや。
日本が役人天国と呼ばれるのも、官僚たちが、できるだけ国民に、公金の使い道を、わからないように、複雑にしているからやと思うのやね。ごまかして、国民が反発できないように押さえ込んでいる。
米国の政府に勤める人は、給料が支払われないかも知れないから、自宅待機なんて、ドライなことになっている。日本とはあまりにも意識が違うのに驚く。ええ意味では日本もそうなるべきやろうね。。。
賃上げを要求するのは労働組合のお仕事やったのを、今は安倍政権が経済界に給料あげろと言ってくる。これをやられりゃ、組合は存在意味がなくなる。そして、その代わりに、首にしやすい雇用形態を拡げて、雇用の流動化を労働界に要望してきている。日本の労組も過渡期なのかな。時代も変わったわ。。。
大事なのは仕事にしがみつく人材を増やすことではなくて、やる気のある人が、がんばれる社会を作ること。がんばらない人のため、ぬるま湯環境の維持、堅持が目標の古いタイプの労働組合は、時代とともに淘汰されていくべきものなのかもね。。。