虐めの主役は傍観者 | 京都発、言いたい放題!~毎日更新~

虐めの主役は傍観者

8/26(火)東芝の出してる、レグザのハードディスクレコーダーを買ってから、テレビの人気ドラマなんかを、またよく見るようになった。午後8時か9時頃には寝てしまう私のような者にとって、このタイムマシン機能のついているレコーダーは、手放せないほど有り難い存在で、一時は全く見なくなったドラマも、早朝にCMを飛ばしながら見ると、3割ほど短い時間で見られるので有り難い。

 最近のマイヒットは斉藤さん2かな。とても正義感の強い斉藤さんが、歪んでいる世の中を正論で正してくれるという、現代版の水戸黄門的なドラマ。見た後にすっきりする感じがいい。

 このお話は人気漫画のテレビドラマ版で、ストーリーがもう既に人気になっているから、とてもよく練られている。行き当たりばったりが多いドラマが多い中で、安定感もいい。

 父親がケープタウンに単身赴任している家族の、母子家庭がお話の設定になっているけど、主に、子育てがテーマになっていて、主人公と息子さんの母と子の忘れていたような絆の大切さを思い出させてくれるドラマになっている。

 先週は虐められている我が子と向き合う母がテーマ。まぁ、テレビドラマだから、ありきたりの解決方法が出てくるのやけど、実際のイジメの陰湿さを考えたら、ちょっと違うかなと思うところも多い・・・。この手の話にハッピーエンドはなかなか難しいわな。

 いじめ問題をテーマにしたドラマは多くて、各々の作品の作者がその解決に、取り組んでいるのやけど、例え、子どもだけでも、社会は社会。。。その狭い社会を何かの出来事で急に好転させるようなドラマチックな事は、何か、嘘くさいね。そんな簡単なものやないしね。。。人の気持ちに根ざしている問題やから。。。

 イジメの本質って、虐められている子と、虐めている子との問題と捉え勝ちなんやけど、実は、イジメの主人公って、その人達を取り巻く多くの傍観者たちなんやね。自分におはちが回ってこないようにじっと静観している人たちや、虐める側に回って自己防衛しているその他大勢の人たちが実は、実態として、イジメの社会を容認し、助長しているって感覚。私は大事やと思うのやね。。。

 人って一人になると弱い。仲間が居なくなることを一番恐れてしまう。一人でも仲間が居たら耐えられることでも、ひとりになっちゃうと、耐えられなくて、現実から逃げ出したくなる。多くのイジメによる不登校や、引きこもり、最悪の自殺などは、これが原因で起きてしまう。

 つまり、イジメの犯人は、直接虐めている人間だけではなく、他のその他大勢。。。これが注目しないといけないことなんやね。子どもタイプのイジメは、本人がちゃんと自立出来て、社会的に自分一人が生きていける自信が出来て、やっと解消される場合が多い。これが一般的に乗り越えたってことになる。

 ところが、虐められていた人たちは、乗り越えられても、虐めていた人たちの精神構造が、子どものままな人がいるのやね。これが大人のイジメを引きずる人たちになる。大人のくせに、他の人の事を、十分、尊重出来ない子どものようなねちっこさ。これが、変な社会にしていってしまうのやね。早く大人になれよって話でしかない。。。子どものママな大人が、社会悪になってしまっていること。意外と多いと思うのやね。。。