ナチス記事はマスコミ批判への仕返しか | 京都発、言いたい放題!~毎日更新~

ナチス記事はマスコミ批判への仕返しか

8/6(火)東京のホテルで講演した麻生副総理の録音を聞いていて、ちょっと感じた事があった。問題のナチスの事例発言の前に、麻生氏は、昭和27年から、ずっと靖国神社に参拝してきた。昔は何も言わなかったのやないの。ところが、一部のマスコミ(朝日新聞のこと)が騒ぎ出して、靖国に行けなくなった。いや、行きにくくなった。これって、日本のマスコミのせいだって、言ってはるのやね。

 中国も韓国も、昔は、こんな国内の個人の参拝行動の問題なんか気にしてなかったのに、朝日が問題だ、問題だと、騒ぐものだから、そんだ、日本は反省してない。戦争責任のある人を崇めている。また、軍国主義を復活させるのやないかって、言う。それが靖国問題になった。

 私、この事を講演で言われて、一部のマスコミの記者が腹を立てたのやないかって、思うのやね。何か、おかしな発言でもしないかって、狙っていた。その素地が、靖国の経緯にあったのは、間違い無いと思うんや。案の定、ナチスの手口に学んだらどうかね・・・と、否定的とも、肯定的とも取れる発言が出て、パクリとうまく切り抜いて、食っちゃった。。。そんな感じやなかったのかな。

 まぁ、政府の右寄りの人たちが、揃って靖国神社に参拝するのを快く思わなかった左翼系の記者が、これを批判することによって、相手を攻撃したかっただけ。。。これが今では外交問題までになってしもたのやから、この記者からしたら、薬の効きすぎのところもあるのやろう。何か外形的に靖国神社を右翼勢力の聖地に祀り上げておきたかったような「悪意の意図」を感じるのやね。。。

 戦時中、日本の軍部は、天皇と神道を利用して、天皇を神格化することで、国民を戦争に向かわせる言い訳に使っていたのは、事実やろう。靖国で会いましょう・・・は、戦争でどんどん死者が増えてきて、国民の中に政府への批判が高まらないようにするための道具にされていた。国のために命を捧げることを指命づけられていたのやからね。。。

 でもね。戦死してしまった人たちやら、家庭の大黒柱を戦争に取られてしまった人たちの気持ちは、どうやろう。せめて、お国のために、立派に戦われましたとでも、言って貰わないと、気が済まないし、まさか、身内の死が尊ばれなかったら、浮かばれないという気もあるのやないのかな。

 戦争責任の有無がどこにあるかは、意見の分かれるところ。日本国民全部が狂気になっていたあの時代は、みんな結局運命に逆らうことなど出来なくて、無念だけが、積もり重なっていただけ。。。靖国神社には、そんな無念もいっぱい積もっているのやね。。。

それを参拝出来ないなんていうのは、やっぱりおかしいで。戦争で亡くなった人を悼む気持ちがある人は、誰でも行けるようにしてほしい。何なら靖国の名前を国立の戦没者慰霊神社に変えてしまってもいい。他国やマスコミに文句を言われるような状況は、よろしくない。間もなく、お盆。多くの仏教系の宗派では、亡くなった方の魂が帰ってこられるとされている。心静かに、お参りしたいもんやね。。。