善悪の見境がつかなくなってしまった人たち | 京都発、言いたい放題!~毎日更新~

善悪の見境がつかなくなってしまった人たち

7/19(金)ネット社会が進んでくると、ほんと、いろいろな問題も増えて来る。ツイッターやフェイスブック、ブログ、動画サイトへの投稿などが、盛んになってくると、だんだん、世間の人たちをアッと言わせてみたいとか、注目されたい、自慢したいとかいう願望が大きくなってくる。

 また、ラインというアプリが人気だけど、これって、逆に相手の人たちに、監視されている狭い社会に、有る意味行動が筒抜けになりすぎていて、怖い事に悪用されそうなんて声も出て来た。。。

 高知のローソンの冷凍ショーケースの中に人が入っている画像を公開して、顰蹙を買ったり、猫を虐めたり、小学生に乱暴する動画を公開したり、どうも節度がない行為が横行している。

 これらは、主に、投稿者や公開した人の自己満足のためになされる。まぁ、私のやっているブログも、広い意味では、この自己満足型のサイトでもある。自分の日常やら、感じた事をそのまま公開して、発信したい。この欲望を満たすものでもあるのは確かやからね。。。

 私は、このブログみたいなものを、否定的なものにするのは反対だけど、その中身に、犯罪性があったり、公序良俗に反するものがあったりするのは、どうかと思う。当然やけど。。。バーチャルばかりやっていると、現実と仮想との境目が分からなくなってしまう人が多くなって来たのやろうね。。。

 それは、ネットの社会の持つ致命傷でもあって、どこの誰が投稿やら公開したものであるかを、隠す事が出来てしまうという、秘匿性にあると思うのやね。。。この秘匿性のために、日常の生活なら、とても言えないようなこと、やってはいけないこと、普通はしないようなことを、平気で、出来てしまう。ここに問題がある。遠慮や配慮が働かない世界が実現出来てしまうのやね。。。

 つまり、自分は暗闇の中にいて、安全で、相手は白日の下にいて、ボコボコに攻撃できてしまう。この卑怯さにあると言っても過言ではないのやね。。。この世界の危険性を感じる人は世界でも多いようで、最近では、IPアドレスを管理するISP(インターネット・サービス・プロバイダー)に、本人特定の役割を持たせるべきであるということが、増えて来ている。

 ただ、ネットカフェなど不特定多数が、アクセスできたり、フリーメールなどがまだまだ、個人が特定出来る情報と「ひもつけ」出来て無いから、まだまだ、抜け道はあるのが現状やね。。。

 個人が特定出来ない人は、ネットにつなげることが出来ないぐらいの厳しさが、これからは、必要になって来るのかも知れないね。。。成りすまそうとしたら、足がつくような仕掛けが出来てこないと、くだらないゴミメールを送りつけてくる人は、撲滅出来ないし、ウィルスのようなものを送りつけるような凶悪なケースでも、簡単に逃げおうせてしまうことは、モラル上良くないわな。。。

 通販などで、クレジットカード情報をうまく管理出来ているのだったら、アップルIDのように、クレジットカード情報の無い人は、アクセス出来ないようなサイトを増やしていくことも有効かも知れないね。アメリカで1歳の赤ちゃんがスマートホンで自動車を落札してしまったニュースもあったけど、多くのお金も持たない小学生や中学生が、ネットの世界をウロウロできてしまう事も、私には盛り場をうろついている子供たちに見えてしゃあないのやね。。。

 仮想上の世界は、確かに無限の広がりがある。だから、特に若い人たちは、それに夢中になってしまうこともあるやろ。でも、現実の社会では出来ない事が平気で出来てしまう社会というものは、あまり好ましいものではない。何らかの歯止めのためのルールを大人がこさえていかないと、おかしな事になるのも、大事な事やろうね。。。