沖縄慰霊の日 | 京都発、言いたい放題!~毎日更新~

沖縄慰霊の日

6/25(火)この日曜日は、沖縄慰霊の日やった。25万人もの犠牲者。。。米軍の攻撃にもうダメだと自決した人も多かったという。。。当時の沖縄の人口の何と4人に一人が亡くなった勘定。。。なかなか、沖縄のことを、我が身のように感じる事は難しいのやけれど、この壮絶な数字は、戦争の悲惨さを、一手に引き受けざるを得なかった沖縄の人たちの特殊な感情を、少しだけでも理解するには十分な数字なのかも知れない。。。

 沖縄の人たちの感情を理解するには、やっぱり、本土の人とウチナンチューと呼ばれる沖縄人の気持ちの温度差が避けては通れない。先の戦争で、広島・長崎の原爆被害も悲惨だったけど、沖縄戦での被害もまた、想像を絶するものがあった。沖縄に行かれたことのある人は、あちこちに、戦争の傷跡を見る事になるし、この地で命を落とした多くの人たちの気持ちに向き合うことになる。そして、そんな悲惨な戦争は、もう二度とやったらあかんと、不戦の誓いをするのやね。。。

 同じ日本なのに、何故沖縄だけが犠牲にならなければいけなかったのか。地理的な問題なのやけど、その問題は、ずっと今の日本でも続いている。北東アジア有数の米軍基地集積群があり、この施設の受け入れが、日本全体の安全保障上、大変重要な位置関係にある。この負担の軽減が、沖縄の人たちの願いや。

 他の地方でも、基地の負担を分担する。これは大阪の橋下徹氏も言っていたけど、こればっかりは、なかなか、どこでも良いっていうことにはならない。条件が揃う所は限られているし、どうしても人口密集地帯は避けないといけない現実もある。

 沖縄に反日、反政府の運動が盛んなのは、根本に、戦争の大きな犠牲地である要素があることが否めない。平和を望むことが、他の日本人より、より強い。多分それなんやろうね。身内や親戚が犠牲になっていれば、戦争憎しの感情は当然高くなるし、反戦への思いも強くなる。

 ただ、その反面、米軍のプレゼンスが落ちてしまうと、この地域での微妙なミニタリーバランスが崩れてしまうというジレンマもある。フィリピンやベトナムで米軍が引き上げた途端、中国軍が島を盗ってしまったという、えげつない事実もある。もし、沖縄から米軍が居なくなったら、同じ事がここでも起きないと、誰も言えない。。。この痛し痒しさがある。

 海に囲まれた島国は、敵からの攻撃が容易で、守るのが難しい。ある朝、起きてみたら、中国の海軍が大挙してやってきた。。。なんてこと、可能性としてある。つまり、常に沖縄は最前線に立たされている兵士のようなものでもあるのやね。いくら平和を愛していても、平穏で居られないかも知れない理不尽さが、ここにある。これが、沖縄のストレスにもなっている。