言葉狩りは、マスコミの程度の低さ | 京都発、言いたい放題!~毎日更新~

言葉狩りは、マスコミの程度の低さ

6/22(土)何か、最近、参議院選挙が近いからか何なのか、分からないけど、ちょつと、暴言、妄言の告発合戦や、批判合戦が多くなって来たような気がしてならない。橋下徹の慰安婦は必要だった発言、復興庁の参事官の左翼の馬鹿ども発言、安倍総理の元外務高官木村均への外交を語る資格が無い発言など、百花繚乱や。

 どれも、ちょっとした本音が含まれていて、あまり褒められた発言ではないけれど、それほど、鬼の首を取ったように嬉々とする人たちの方が、滑稽に見えるのは私だけやろうか。。。舌禍問題の多くは、その発言を大きく誇張して、大袈裟にしたり、必要以上に叩いたりすることで、燃え広がる。。。何か、もっと火が大きくなるのを、喜ぶような、放火魔のような、隠れた狂気がちょっと入っているような気がしてしゃあないのやね。。。

 マスコミの批判やら、ネット上でのリークや、ブログの炎上。。。岩手県の名もない地方議員が、病院で自分を番号で呼ばれたからと逆ギレした。。。それだけで、記者会見までして、謝罪。。。まぁ、この人の病院代を払わない態度とか、私は議員だぞ・・・という、変な優越感を持ちたいだけの、ちっちゃい話なんやけど、これ、全国ニュースで、扱うニュースなんか?

 なんか、大火事になったのを喜ぶ野次馬の様な下品さ。。。人が困っている顔をしているのが面白いという、とても、アナクロ趣味のような批判やら、個人攻撃。。。もう、お腹いっぱいになる。。。

 「言葉狩り」という言葉が有る。その人の発言した言葉の、一番過激で危険な部分だけを上手に切り抜いて、問題発言に仕立て上げる。それって、大マスコミが、胸を張ってやることなんか?。この行動の根底にあるのは、自分の主義主張とは異なる意見を、これが世間の常識だと、振りかざして、その人の事を異端児扱いにしたい、何か、イジメに似た精神構造が、見え隠れするのやね。

 人間には、本来、何を喋っても良いという、表現の自由、思想の自由がある。でも、最近は、その発言によって傷つく人がいるとか、その発言を不愉快に思う人がいたら、それはマナー違反であるという。レッテルを貼りたがる人が、本当に多い。

 テレビやマスメディアの発展は、国民の脳の中をどんどん均一化していって、非常識を撲滅していって、みんなが同じ考え方、同じ行動パターンを要求して、それ以外の例外を排除するという、異常性が出て来ているのやないのかな。大事なのは、異なりを認め合って、一つを生きること。相手を自分と同じ考え方に、塗り替えてしまおうという発想は、実は、飛んでもなく危険で、独裁者にいとも容易に国を一つにまとめられてしまうという、危険性を孕んでいる。そういう意味で、日本は戦争に向かっていったあの時期を、振り返るべきなのかもね。。。

 国民の持つ多様性、価値観の相違が、実は、いろいろな意味での安全弁にもなっているということ。言葉狩りは有る意味、思想抑制の危険もあるという感覚。忘れたらあかんと思うのやね。。。日本が二度と間違いを起こさないためにも。。。