ずっと卒業したくない被害者意識
5/3(祝) 皆さんは、東京裁判のA級戦犯やBC級戦犯が、イタリア・ローマのサン・ピエトロ大聖堂に祀られているのをご存じやろうか。1980年の5月21日、1068の位牌が収められたのやそうや。
靖国、靖国と、うるさい中国や韓国は、このことに、どう反発するつもりなんやろうかな。ローマ法王でも批判するのかな。。。それは、自分たちを苦しめた人たちだから、そんな人たちの霊を慰めるなと。。。中韓の人たちは、自分たちのやっている反発が、いかに、おかしな事か。。。世界の宗教者たちから見たら、どんな国でも、それが戦勝国であろうと、敗戦国であろうと、自分の国のために命を落とした人を祀ること。その権利は、守られるべきと考えるのやないのかな。。。
実は、マッカーサーは、国家神道の総本山とも言うべき靖国神社を取り壊そうとしていたのやて。その跡地を、ドッグレース場にしようとしていたそうや。でも、さすがに、それは出来なかった。米国以外の国の人たちも、戦争の犠牲者を祀る施設を持っていて、それを大事にしている。いくら日本が敗戦国だからといって、その戦争犠牲者を祀る施設を取り壊すことは、その国の国民にとって、最大の屈辱を与えてしまうことに気づいたのやね。。。
日本の戦争指導者は、自分たちに取ったら、侵略をしてきた憎き敵であって、そんな人を敬う行為は許さないという考え方は、判らないでもない。でもね。敬うか敬わないか・・・。この自由まで、他国の人から、奪って良い事では無いわな。。。。
どこの国でも、その国のために命を落とした人たちを尊んだり、敬ったりすることは、大事な事や。自分たちだけそれを認めて、相手の国には認めないということが、どれだけ失礼なことか。これって、世界のどの国家でも認められている権利やわな。。。これを、認めないと、国のために命を張ってまで戦う人がいなくなる。。。逃げてばっかりいた人たちは、判らんやろうけど。。。
まして、朝鮮半島の国の人たちも、八露軍率いた毛沢東の党も、日本に対する戦勝国ではない。被侵略国や。つまり、力がなかったから侵略されただけのこと。。冷徹に言えばね。。。聯合国に助けられた人たちが、虐められた腹いせに、反省せよ・・・と半世紀以上も、そしてこれからも、未来永劫言い続ける事の滑稽さ。いつになったらこの国の人たちは判るのだろうかな。。。
自分たちは悲劇のヒロイン。戦争の犠牲者だと言い続ける事。これって、よく泣く子はあめ玉を一つ多くもらえる・・・なんていう、子どもじみた発想の延長でしかないわ。。。被害者意識を誇示することか、お恵みを貰える手。。。これって、乞食さんの発想やわな。。。
酷いでしょ、可哀想でしょ。だから、大事にしなさい。酷いことをした人は、やられた人に、謝りつづけなさい。。。いつまでこんなことやっているんや。。。いつ、この粘着体質から、卒業するつもりなのかな。。。これが続く限り、他の国からまともな国として、相手してもらうのは、難しいわな。。。