18歳を大人と子どもの分岐点にしよう
2/22(金)亀岡の無免許・居眠りひき殺し運転事件の容疑者の例を見なくても、日本という国は、未だに20歳に満たない年齢の人を法的に寛容にし過ぎる傾向があるのやないかな。。。無免許で車を運転して、一晩中遊んで、居眠り運転をした状態で、小学生らの登校の列に突っ込んで何人も人の命を奪う行為。この行為に対する罰が、たったの、懲役5年~8年。。。こんなヤツに、殺された人は、ほんと、犬死にか。。。
無免許で居眠り運転をする行為が、「重過失」ではなく、少しは運転の経験があったからという理由で、危険運転致死傷罪に認められない・・・というのは、ちょっと、おかしいのやないのかな。世間の常識からしても・・・。無免許運転も、誰がどう見ても、危険極まりない運転行為やわな。。
いま、政治の世界では、幼児教育とか保育料とかを無償化しようという流れが起きている。高校無償化も、実現しているので、これで、日本は、公的な意味合いの「教育」はただ・・・。という、ことになる。つまり、高校3年生の18歳。これまでは、国家の負担において、その子どもの教育を面倒みてもらうことになる。
だから、高校を出た時に初めて、大学に行くにしても、働くにしても、もう、大人と認めることにしては、あかんか。多くの他の国がやっているように、18歳の成人制。日本もやってもいい時期に来ているような気がするんや。。。
何歳が大人かどうかの判断は、難しい。40になっても、親の脛をかじっている人もいけば、中学出てからコツコツ働いて、自立する人もいる。人はそれぞれや。ただ、18歳を大人と子どもの分岐点にして、この日から適用される法律に差を設けることは、物理的な合理性があるような気がするのやね。。。物事の分別を付けてもらわないとあかん年齢っていうこっちゃ。。。
大学入れば酒もたばこもするやろ。ギャンブルや選挙権も与えてもええのやないか。その代わり大人としての甘えは許されない。。。自分の行動に責任も持って貰う。。。将来のことを、いろいろな判例が配慮するにしては、歳が行き過ぎている。18歳やら19歳の人を、少年と呼ぶにもどうなのかな。。。もう、社会の一員になっているという自覚も欲しい・・・。
今の時代、どうも、自分のやらかしてしまったことに、責任を取れる人が減ってきてしまっているような気がしてならない。。。自分のケツも拭けない子どもが、増えすぎると、世の中がどんどん狂ってきてしまう。ごめんなさいも言えない。人に謝ることも出来ない。相手の人の身になって考えることも出来ないアホには、付けるクスリもない。。。
そんなヤツらに、更正するための機会を、等しく与えるのが正義なのかどうか。もっと、論議されてええような気がするのやね。。。