尊敬出来る先生に教わりたい | 京都発、言いたい放題!~毎日更新~

尊敬出来る先生に教わりたい

1/27(日)私は以前、京都の市立中学校で2年間ほどPTAの役員をやっていた時があった。その二年間、ほんと、いろいろな事があったけど、一番驚かされたのは、ちょうど桜の頃・・・4月の人事異動で、着任してきた女性教師のひと言・・・だった。その先生は、恐らく大学出てすぐに、教師になって、前に勤めた中学校で、3年間ほど教職に就かれていたのだろう。年の頃なら25~26歳ぐらいかな。

 初めてのPTA役員との顔合わせの席で、自己紹介を兼ねて、ご挨拶されたのやけど、その挨拶の内容に、とても驚かされた。と、言うより凍り付いた。。。その方は、こう、おっしゃった。「私は、以前、殺人事件のあった中学校から、こちらに来ました。」今、言うか・・それ。。。恐らく、こちらの中学では、大きな問題児もおらず、荒れていない事を強調されたかったのやろうね。。。ひょっとしたら、受け狙いもあったのか。それとも、自己アピールとして、そんな問題児も手なずけて来ました・・・てなことを誇りたかったのか。それは、私には解らん。。。

 人の話す言葉には、力というものがあって、その方の話す言葉や、その内容によって、相手に大きな影響力を及ぼす事が出来るものである。こんなことを言ったら、その場にいる人がどう感じるか。それが分かって、挨拶されるのが普通やと思っていた。だから、その先生の挨拶の及ぼす影響力の大きさを当然、計算して、人は、お話をすべきである。そんな想像力も無いのやったら、こんな際どいお話は、言うべきではないのやね。。。

 実際に、その方が受け持った生徒が人殺しをしたのかどうか。そんなのは知らない。もし、そうだとしたら、何が原因で、そんな事件になったのか。その子の方に問題があったのか。やっぱり、いじめやったのやろうか。この先生は、ひょっとしたせ、無関心で、そんな問題を起こして、こっちに、転勤になったのやないろうか。。。いろいろな、良からぬ事を想像してしまうやんか。。。

 先生という職業は、有る意味、お話をするプロでもある。でも、その話の内容というのは、両刃の剣で、ちょっとしたことで、傷つくガラスのハートの中学生がいたり、下手をしたら、暴走してしまう思春期の生徒達という、聞き手がいることを考えると、本当に難しい年代なんやね。。。正直、この人で、大丈夫かって、かなり不安になった記憶がある。。。

 その後、この先生がどのくらい、その中学校で、教鞭を執られたのか・・・。お役御免になったので存じ得ないけど、もうちょっとは、先生らしくなられたことを期待したいな。。。

 いま、全国の公立私立の学校で、精神疾患で休職する先生は、毎年増えていて、統計のある2010年でなんと5458人と病気教職者の6割を占めているのやという。生徒もそうやけど、先生の方も、精神的に参っている人が急増しているのやね。。。

 教職にある人は、子供たちに知識を伝えるときに、自分の言葉で伝える。その伝え方によって、少しは先生の意志や思想、信条のようなものが、どうしても混じってしまうものや。だから、機械のように画一的に伝えることというのは、無理で、先生の中で一端、咀嚼したものしか、子供たちに伝えられないものやんか。。。本当に教育とは難しいもので、このお仕事のプロをやっている方は、本当にリスペクトされるべきや。。。

 また、学校が特別な聖域でないこと。教師も生徒達と、ともに成長するものであるという、認識も大事なのかな。。。そうやないと、こんなお仕事、難し過ぎて、なり手が無くなっていくかもね。。。

 桜宮高校の事件をキッカケに、少し教育現場が動いて来るのやろう。体罰容認の流れが変わって、また生徒に指一本触れられない暗黒の時代に、これからの教師は立たされることになるのやろう。。。いまに、授業は、VTRでやって、先生は監視するだけの学校になってしまうのやろうか。。。一番大事なのは、学校という社会を構成する生徒と先生の信頼関係だということ。これだけは、変えられないものやと思うけどな。。。