容疑者のがん首公開に反対する人たち | 京都発、言いたい放題!~毎日更新~

容疑者のがん首公開に反対する人たち

11/4(日)連日、新聞の一面を飾ることが多い尼崎の事件。この主犯の角田美代子という人の顔写真が、公表されたものとは、全く別人であったのが分かって、日本中のマスコミがお詫びをしている。どうやら、写真を公開された人が、自分の写真が新聞やテレビに出ていると抗議して初めて判ったのやそうや。。。どうやら、何処の社も、裏付けをせずに写真を公開していたのがばれて、全く恥ずかしい話やね。。。

 赤信号、みんなで渡れば怖くない。。。マスコミ同士のもたれ合いの構造が、見て取れる。確か、この女性の写真は、角田美代子の子どもの入学式の時の写真と説明付きで報道されていたのやなかったやろうか。。。つまり、どこかから、この写真を借りてきた人が居るはずやんか。。。それをみんなが真に受けて、NHKまでこの写真を使っていたってこと。。。何かね。。。情けない話やわ。。。

 そういえば、この写真を見て、角田の周辺の人達が口を揃えて、別人に見える・・・と言っていたそうやんか。その時点で誰か、気づかないのかな。。。全くの別人の写真、そりゃ、若い時の写真やから、想像出来ないのかも知れないけど、ご本人かどうかなんて、やっぱり、分かりそうなものなのにね。。。

 警察も警察や。聞き込み捜査をしていて、全く別人の写真を使っていたことになるから、誰か気づかないと嘘やわな。。。逮捕した犯人の写真ぐらい、手持ちして捜査するのが、当たり前のような気がするのやけど、それをしなかったって、どこまで、プロ意識がないねん。。。

 私、推定無罪の可能性がある人でも、警察が犯人を逮捕した時の顔写真は、基本、公開すべきやと思うのやね。日本だけやで、逮捕した人の「がん首」と呼ばれる顔写真を公開しないのは。。。ここ20年ぐらい前から、人権派弁護士と呼ばれるケッタイナ人達が増えて来たおかげで、刑の確定もしてない被疑者の写真を公開するのは、人権上問題があると、警察、検察にかみつく事が増えて来たのやろうね。。。

 私は、例えばこんなことを許していれば、全国指名手配犯でも、無罪の可能性があるから、顔写真が公表出来ないなんていう、馬鹿げた事になってしまうと思うのやね。。。人権って、もちろん、あらゆる人にあるものやけど、犯罪者にも人権があると言われ、無罪かも知れないから、警察が逮捕した人の顔写真を非公開にしてしまったら、犯罪をした人たちにとって、飛んでもなく逃げやすいとか、あまりにも有利なことになるのやないかと思うのやね。。。

 何より、共産圏の国で良くあった、ある日突然国家が特定の人を逮捕して処刑してしまう。その人が誰であるか、どんなことをして捕まったのか。どんな顔をして、どんなことをしていた人なのか。これが全く公開されないような社会が実現してしまうと、国家権力の行使が秘密化、密室化していって、とても怖い社会担ってしまうような気がするのやね。。。公権力の行使には国民への透明感がないと、検察警察の横暴を誰がチェック出来るのかって話しになる。そのために、人権派弁護士さんたちがいるやんか。。。は、アカンと思うんや。。。

 諸外国では、国家権力によって、誰を逮捕したか。その人がどんな悪い事をしたか。または、その可能性が極めて高いか。この時点で、容疑者の顔写真を撮影、公開する。よく囚人服を着せられて、胸あたりに番号のカードを持たされて映った写真をテレビで見る事が多いやんか。あれやであれ。

 裁判はまだまだ先だけど、警察が逮捕状を取って、逮捕したというのとは、嫌疑が濃厚な人を捕まえたという事実。裁判所も認めたから逮捕状を出したのやろ。その人がどんな顔をしているか。これは、人を識別する意味で大変重要な情報だし、この顔写真の公開によって、捜査がより効率的になり、多くの目撃情報やら、過去のトラブルや犯行の情報が、寄せられる期待も大きいやんか。。。これに反対するのは、「悪」やで。。。

 その人が無罪であることのリスクはあるけど、逮捕した人はこんな人であるという大事な情報。これを公開出来ないと、同類の犯罪を抑止する効果も、格段に下る。悪い事をしたら、新聞に顔写真が載る。これが、社会的に致命傷になるから、犯罪をする事を踏みとどまる効果。。。これを無視していいのかな。私は、類似犯罪抑止の意味に於いても、逮捕の重みを感じて貰うためにも、かなり有効なことやと、思うのやね。。。

 容疑者の顔写真の公開に反対している人は、その事が社会の治安を悪くしている部分が有るということ、もっと、重く責任を感じて欲しいもんや・・・。悪い事をしたら、捕まる。捕まったら新聞に載ってしまう。だから、悪い事をしない。そんな意外と、単純で当たり前なシステムで、世の中の治安って守られているものなんや。。。