ジャッジがぶれる事は審判の尊厳を無くさせる
8/3(金)それにしても、今度のオリンピックほど、審判でもめるようになった大会は珍しいのやないかな。スポーツをやっていた人なら、ご存じだけれど、スポーツのゲームにおいて、審判の下したジャッジというのは、絶対で、もしそれが間違いであったとしても、最終的に審判の下した判断が絶対であるという鉄則がある。
実際、多くのケースにおいて、地元びいきの判定がなされたり、特定の国にやや有利な判断が出されても、致し方ない・・・というのが、今までのスポーツ界の常識やったのやないのかな。。。それは、誰かが決めないと、ゲームが前に進まないという、当たり前の現実があるからなんや。。。
審判の人が、技術的に劣っていたり、経験が極端に不足していたり、そら、国によって、それぞれのスポーツ事情っていうのがある。まるっきり、そのスポーツをしていなかった人が、たまたま指導者になり、相互審判の原則から、審判をして、それが酷い偏りのあるジャッジであったとても、それはそれで、しゃあないのやないの・・・っていうのが、今までの考え方やったんやね。。。
ところが、中東の笛であったり、あまりにも、贔屓が過ぎる判定があると、クレームが多く出るようになった。映像技術が発展してきたり、インターネットの動画サイトなどでの明からな誤審への袋だたきが増えると、その競技の国際機関も非難されることが増えて来たのろうね。。。審判に映像ビデオのスローモーション画像が利用されるようになったり、主審以外の人のチェックが取り入れられるようになってきた。柔道のジュリーって、何や・・・ってなった人、多かったやろうな。。。何で沢田研二が出てくるねん。。。って思った人は、40代以上かな。。。
実際、柔道では旗判定が、全くひっくりかえったし、体操でも、コーチの抗議で、順位がごろんと翻った。他にも水泳の泳法違反で失格だった人が復活したり、フェンシングでターミナルが敏感過ぎて、汗だけで反応してしまったり、いろいろとトラブルもあった。まぁ、国の威信を賭けて来ている選手達からしたら、メダルの色が変わったり、自分の順位や評価が一変することになるから、その後の人生まで変えてしまう大事な事でもある。そら、真剣にもなるわな。。。
スポーツは日本では、遊びの延長であったり、教育的に身体を鍛えるための学習の一部である時代が続いた。東京五輪あたりから、そのあたりの意識は変わってきていて、競技スポーツは、世界の頂点を目指すスポーツになった。トップになれば、スポーンサーが付いて、テレビのコマーシャルに出られたり、大きなお金がもらえたり、明るい将来が保証されたり。。。でも、ほとんどのケースで、五輪のスポーツは、なかなかそこまで、生活の安定を約束をしてくれる物では無いのやね。。。
このあたりが、日本にいまいち、金でなければ・・・というハングリー精神を出せない遠因になってしまっているのかな。。。それがシルバー・ブロンズ・メダルコレクターと日本選手が呼ばれてしまう大元になってしまっているのやったら、寂しい事やね。。。
本当に金メダルを取るような人は、審判が少々誤審をしても、誰の目にも明かな勝ち方が出来る人でもある。その国一番の人たちが集う五輪で、世界で一番になれるかどうか。それは、審判のせいにしなくても、堂々と勝利出来る実力を見せつけられるかどうか・・・なのかね。。。
今のところ女子柔道の野生児のような方が日本では金メダリストになった。彼女の気迫と120%金メダルと言われて来た男子体操の内村航平君が団体で大きなミスをしてしまうような違いは、自分の追い込み方の度合いなのかな・・・なんて思ってしまった。。。