電気のために命懸けになる意味があったのか?
7/26(木)今頃になって、昨年の福島原発事故の当時の現場状況の詳細が少しずつ、漏れてきた。それによると、福島原発事故の後の作業で、下請けの作業員が放射線量の高いエリアに入るときに、線量を計測する放射能計に、何と鉛のカバーが掛けられていたのやて。。。
ご存じの通り、鉛は放射線を通さない金属や。。。これがもし、事実やったら、作業員の人は、逆に、大変危険な目に会わされていた事になるだけに、注目されている。
この事実を告白した人は、作業に先立って、前日の下見のために危険エリアに入ったのやそうや。当然、放射線量が高いエリアだから、危険を知らせるアラームは鳴り続けていた。
明日、危険な作業に入るのは、そんな危険な地域での作業の初心者の人が多かったのやそうや。そこで、この人、何を考えたのか、線量計に鉛のカバーをしてしまえば、アラームが鳴らないと思いついたのやそうや。。。でも、ちょっと、この話、眉唾ものやね。。。そんなに簡単に計測機器の鉛のカバーが作れるわれはない。。。きっと、これって、組織的に作っていたとしか、考えられへんわ。。。
ただ、この話を聞いて、私、ちょっと別の視点で、日本人気質のようなものを垣間見たような気になった。。。だって、この危険な作業に当たる人たちは、有る意味、その意図を理解して、承知して、この作業をやってくれているわけや。。。つまり、自らの危険を顧みず、決死の覚悟での、危険な作業を志願してくれているのやね。。。普通、他の国の人なら、この鉛のカバーの意味が分かれば、作業を拒否するのが普通やんか。。でも、そうやなかった。。。
これって、他の国の人たちには、なかなか考えられないような精神構造がそこにある。FUKUSHIMA50という文字が、ネット上で、溢れていたように、命懸けで、危険な作業に当たっていた人たちを、なんで、批判出来るやろうかね。。。
線量計の記録は多分、どこかでリモート記録されているのやろう。危険な線量であることを誤魔化してしか、その作業が出来なかったであろうことは、容易に想像出来る。。。高い線量を浴びた人は、恐らくすぐに、交代して、危険度を下げることをしたのやろうけど、もう多分この現場には戻らないぐらいの覚悟で、決死の気持ちで、やってくれてはったんやろうね。。。
何で、ここまでして、この人たちの守りたかったものは何か。。。原子力という、とても、危険なものを、本当に利用すべきやったのか。。。ここまでしないと、いけなかった原発の重大事故。。。脱原発の意味からも、しっかり検証すべきやなかったかな。。。
原発の立地しているところは、どこも、人口が激減して、取り立てて何の産業もない過疎地や。ここに原発があるおかげで、この恩恵に預かることが出来る。でもね。。。命までかけないと、いけないような危険が伴うこと。。。
あえて、言うわ。電気のために命がけになったら、あかんのとちがうか。。。やっぱり、原発に依存する電力政策っていうのは、どこか、大きな間違いやった・・・。そう、認めざるを得ないのやないかって、このことだけを見ても思ったで。。。