親の死に目に逢うと言う事。。。
6/11(月) 先週の水曜日、今の天皇陛下の従兄弟さんになる、ヒゲの宮様、寛仁さまが亡くなった。66歳。。。ちょっと早すぎるけど、11年も前に、奥様を先に亡くされているからね。。。17回も癌の手術をされていたそうや。しんどかったやろうね。。。
三笠宮家って言えば、昭和天皇さんの弟さんの宮家。そのご子息が、寛仁さまや。どちらかと言えば、お気軽な立場の宮家だったこともあって、アメリカ留学などもされ、自由な気さくな宮様ということで、口に蓄えた顎髭から、ヒゲの宮様と、国民からは、親しみを持って呼ばれていた。
おしゃれにも気を使われる方で、何をされても、絵になる宮様で、テレビの取材にも気さくに答えられていたのが印象深い。皇族の方っていうのは、特に、天皇制度に反対する人たちからとったら、税金泥棒とか、無駄使いが過ぎるとか、特にターゲットにされやすかった。でも、他の欧州の皇族さんたちとは、違って、日本の皇族の方々には、ほとんど・・・と、言って良いほど、スキャンダルが無い。。。
それも、宮家という、特別な存在を、国民も、そして、当事者である皇族の方も、しっかり意識されてきたからなんやろうね。。。。。有る意味、日本という国の良心でもあったと思うのやね。。。その皇族が戦争などで、良いように使われてしまった。。。そのへんの反省から、ピリッと、背筋の伸びた姿勢を国民に示し続けてくださっているのが、良かったのやろうね。。。その精神的な背骨になっていただいた点は、大きいと思う。。。
その寛仁さまが長女さんと次女さんに、遺言をされていたのやて。。。長女の彬子さまには、「素敵な女になれ」。そして、次女の瑶子さまには、「自由に生きろ」。これだけ、やったそうや。。。何か、自分の思う通りに生きれなかったご自身の人生を、子どもに託すようなお言葉で、私には、ちょっと、グッときた。。。
今月初め、容態が急変した時、長女の彬子さまは、ドイツとポーランドを、歴訪中やったそうや。彬子さまは、急遽予定を早めて、6月6日の朝、成田空港にお着きになった。彬子さまの到着を待つかのように、寛仁さまは、その6時間半後、ご逝去されたそうや。本当に仲の良い父娘だったお二人。きっと、娘さんが来るのを待ってはったんやろうね。。(涙)。。ご冥福をお祈りします。