ええかげん、メールを有料にしてみないか? | 京都発、言いたい放題!~毎日更新~

ええかげん、メールを有料にしてみないか?

1/11(水) 気がついたら今年ももう10日あまり。。。新春気分も年を追う毎に早く抜けてしまう気がするのは私だけやろうか。。。世の中、もうすっかり平常モードになっとる。もう少し正月気分を味わっていたいと思っても、世間はそれを許してくれない。。。

 長いお正月が終わって気が重いのが、メールのチェックや。メールアドレスなんか、公開しているものやから、まぁ、よくもこれだけ来るものか・・・・という、メールの山が溜まる。。。そのほとんどが、うら若き見知らぬ女性を語った出会い系のものばかり。。。大事なメールをそのゴミの中から捜すのが、ほんと、おっくうになるほど、溜まっている。。。

 私、真剣に思うのやけれど、メールって、タダで送れてしまうやんか。これ、一通1円でもええから、課金しないかね。。。集めたお金は、震災にでも自動的に寄付するとかして・・・。ゴミメールがタダで送れてしまうから、いつも、下手な鉄砲、数打ちゃ当たる作戦・・・ばかりやられてしまう。これが、ほんと、迷惑で仕方がない。。。

 迷惑メールをいくら法律で禁止したって、そのメールが、正当であるか、不当であるかの判断なんか出来ないから、結局ザル法になる。それなら、メールが有料にしてしまった方が、実質、コスト面で影響が大きいから、迷惑ゴミメールを抑止する効果が高いと思うのやね。。。

 電子メールっていうのは、確かに便利で、低コストで、誰にでも使えて、ちょっと見た目には大変素晴らしいシステムに見える。ただ、その反面、相手が、どこの誰かが分からない・・・という、秘匿性とか、誰かになりすませてしまう危険性については、飛んでもなく無防備で、オープンが故の最大の弱点がある。

 だから、ふとした事で、国会議員のクビを飛ばしたり、証拠を捏造されたり、浮気のもめ事に発展したり、いろいろな別の影響も大きくなってきているのやね。。。何とか、メールの信憑性を高めようと、電子名刺を添付したり、仲間うちでしか知らない合い言葉的なものを利用したり、メール機能そのものに、パスワードでガードしてみたりの、いたちごっこが続いている。。。

 50代半ばの私のようなオッチャン世代には、まだまだ携帯メールは、使わない人が残っているが、もう多くの人たちが電話ではなく、メールで、離れた人に、意思の疎通を図る社会になってしまっている。メールの打ち方教室まで出来てくるご時世やからね。。。

 ただ、私なんかは、絵文字やデコメールなどは、まぁ、使わないし、もう時代の流れにはついて行けない。だいいち、ええ歳をしたオッサンが、太い指でチマチマ小さい携帯の文字を打つなんて、まどろっこしくて、大嫌いや。打つのやったら、私は断然、キーボードで打ちたい派やから、私の携帯はほぼ、受信専用機でしかないわ。。。

 人と人のコミュケーションは、直接人と会う事が基本。それが段々横着になって、電話だけになって、それがメールだけになる。メールだけだと、なかなか、真意とか、姿勢までを伝えるのが難しいから、メールの文章だけで何とかその気持ちの部分を伝えようとする。自然の帰結なのかも知れないけど、私、この方向性って、これでええのか・・って、思ってしまうのやね。。。

 まぁ、効率を求めるものは、どんどん進化するもの。反対に心情が大事な事は、より密接な対面的なコミュニケーションが求められる・・・。そんな二分化が進んでいくのやろうけど、何か、それって、折り紙のだまし船のように、船の先端をしっかり指で握っているつもりでいたら、目を閉じている間に、何故か船の帆先を握っていることになっていた・・・ような、言い訳のない不快感を感じてしまうところがあると思うのやね。。。

 これが今の常識ですよと言われても、我々の時代の常識はまだそこには存在する訳で、どちらが正しくてどちらが間違っているか・・・のような論議は不毛やと思うのやね。。。どちらも現実なのやから。。。世の中、効率をどんどん追求していくうちに、逆に本当に大事なのは、もっと別のところにあるということに気づくことが多い。この繰り返しで世の中は回っている。。。