みなさん、「へんくなっちゃう」この言葉の意味分かります?
12/2(金)先日テレビを見ていたら、奈良県出身のあるアイドルの女の子が、「へんくなっちゃう」っていう、言葉を発していた。「おかしくなっちゃう」「変になっちゃう」の意味なんやろうけど、「変」の後に、「く」を付けて、「変く」という不思議な言葉を創作しているのには、ちょっと驚いた。。。
まぁ、言葉っていうのは、使う人たちが、使いこなしていくうちに、少しずつ変わっていくもの・・・なのやろうから、そんなに目くじらを立てて、テレビに出ている人は、正しい日本語を使え・・なんて言う気はさらさらないけど、本来の意志を伝えるという意味からしたら、伝わらなかったら意味が無くなってしまうのやね。。。
よく若者言葉で、「ら抜き言葉」という表現がある。例えば、このキノコは食用に出来るという意味で、「食べられる」という言葉がある。ところが、ある年代の人からしたら、「食べれる」という言葉の方が、使い方としてしっくりとくる・・・って事が有る。
「食べられる」という日本語も、食用に適しているという意味の他に、自分のアイスクリームを友達に「食べられる」という風に、取られてしまう・・という意味にもなるし、天皇陛下がお食事を「食べられる」という風に使われたり、今の時間から、お店がオープンしているので、「食べられる」という、食べることがある一定の条件的に、可能であるという意味にも使えたりするから難しい。。
アイスクリームを「食べれる」という表現の時には、友達に食べられてしまうという意味は無いから、ここで、ら抜き表現を使う事によって、意味がハッキリ変わってしまっていると言うことに気づく。。。
助動詞である「られる」には、受け身、自発、尊敬、可能の4つの意味があるとされています。ところが、「ら抜き表現をしてしまうと、このルールが変わってしまうから、困っちゃうのやね。。。可能動詞を作れる言葉っていうのは、動詞の中でも五段活用が出来るものだけ。。。これが「ら抜き表現」をしてしまうことによって、文法的な体系が崩れてしまうから、言語学者のお偉いさんは、批判しはるのやね。。。
でもね・・・言語学って、基本的には、使われている言葉を累計的に整理して、ある一定の法則を見出してきたという歴史があると思うのやね。。。つまり、これが正しいといいうのは、実は、その時点での正しさ・・・だけであって、言葉が進化していくと、表現もどんどん変わってくるという類の学問やと思うのやね。。。逆に言えば、昔ながらの正しい日本語に拘っていると、どんどん今の時代の若者言葉についていけなくなる。。。それだけのこと・・・なのかも知れないのやね。。。
例題での「食べれる」には、可能の意味でしか使えない。。。つまり、他の受け身、尊敬、自発の使い方というか、そういう表現をしなくなったことが増えてしまった。。。ということなのかも知れないね。。。もし、そうやとしたら、日本語のボキャブラリーというか、語彙の世界まで、ゆとりになってしまって、どんどん日本語の世界が狭くなって、単純化している。文科省による、日本人のあほ化政策の、たまものなのかね。。。人がどんどんあほになる国。。。何か情けないやら、悔しいやら。。。