携帯電話入試カンニング事件が教えてくれたもの | 京都発、言いたい放題!~毎日更新~

携帯電話入試カンニング事件が教えてくれたもの

3/5(土)ヤフーの知恵袋に、大学の入試試験の問題を、試験時間中に投稿して、知恵を貸して貰っていた事件。。。当初は東京都の高校生の複数犯だとか、他にも何人か噂が上がって、先日は山形の女性名義のドコモ携帯からの書き込みだったことが判明。。。仙台で逮捕され、京都に移送された。。。。この女性の子どもが仙台の予備校生で、京都大学などを受験していたことが、判っているらしい。。。

 この事件の犯人の、詳しい事情はまだハッキリとは、分からない・・・。高校3年の時に父親が亡くなっていたとか、茶髪にピアスだったとか。。。。予備校では友達が少なく、中高では友達が多かった。。。とか。。。

投稿サイトでのアップロードのタイミングなんかを見ていると、どうやら試験問題を動画とかテレビ電話とかの機能を使って外部に送信して、その協力者が投稿していたのではないか・・・ていうの線が出てたのやけれど、どうやら、単純に一人で携帯メールを使って投稿していた模様。。。若い人のメールを打つスピード見ていたら早いからね。。。ブラインドタッチも出来る人もいるそうやからね。。。

 まぁ、今回の事で判ったのは、入試と言ったって、意外と、監視の目が手ぬるい・・・ということ。。いくら後ろの席の窓際だからって、携帯であんなに頻繁に書き込んでいたら判るやろうに。。。それと、秘匿性があるネットの社会と言ったって、意外と簡単に誰が書き込みをやったのかが、特定出来るっていうこと。。。悪い事はそんな簡単には、出来ない・・・っていうことや。。。

 それと、もうひとつ、考えさせられたのが、我々が、如何にネットに依存しているか・・・っていうこと。予備校の宿題を解くのに、この人は、恐らくネットのお助けサイトの類を日常的に頼りにしていたのやろう。。。本番でもついその癖が出た・・・ってこともある。。。

今の社会っていうのは、実は、知識を覚えるのではなく、検索して調べる能力とかそんなスキルのほうが、社会的即応性がある・・・。つまり、そんなに物事を多く頭に記憶しておかなくても、調べ上げる能力さえ高ければ、そっちのほうがはるかに実践的やていうこと。これって、今までの学習という概念を根幹から変えてしまうようなこと・・・になるかも知れないのやね。。。

 昔、外国語の試験なんかで、辞書の持ち込みをOKにしたもの・・・とかが有った。電卓や算盤の持ち込みが可だったことも。。。つまり、知識っていうのは、物事をただ単に沢山記憶している能力っていう部分が有ったけど、本当に大事なものは、実は、そのところに素早く到達出来る能力であったり、集めたデータをどう加工して、フィッティングさせるか・・・とか、どう組み替えたら有効な答えを導き出せるか・・・というような適応力や、データには無いものを創り出す、想像力であったりするもの・・・なんやね。。。

 パソコンで言えばハードディスクなどのストレージは知識の倉庫なんやけど、値打ちの有るのは、演算装置(CPU)であったり、書き込み読み出しを繰り返すメモリの性能であったりするのやね。。。

 日本の教育っていうのは、とかく、詰め込み型というか、丸暗記型と言われ続けてきた。英単語とか、元素記号とか、歴史の年代とか、九九とか、漢字もそうか。。。覚えなければ話にならなかった。。でも、本当に教育って、それで良かったのか。。。ある程度のレベルまでは、必要な知識ってあるけど、クイズのカルト問題に出て来るようなものが、解けるか解けないかで、優劣をつけたり・・・そのことの本当の価値って、はたして、本当に有ったのか。。。今から思えば疑問だらけの教育やったような気がしなでもない。。。

 確かに若いうちの脳を活性化するには、記憶能力を高める訓練は良いのだけれど、物事を多角的に見たり、別の発想力を発揮したり、人とは違う考え方を出来たり、より高度な研究を導き出せたり、そんな部分の訓練は、あまり出来て無いのが日本の弱み。。。本当は日本の教育のやり方も変えていかないとアカンのやろうね。。。

 私は、携帯カンニング事件には、そんなに関心はないけど、このことが、今の教育の欠点というか、盲点みたいなものを、気づかせてくれるキッカケになったような気がしてしゃあないのやね。。。携帯メールを打たしたら、ピカ一っていうのも、一つの特技。。。それが活かせる社会やったら、この人には、良かったかも知れない・・・のにね。。。