日本は政治三流から抜け出せるのか? | 京都発、言いたい放題!~毎日更新~

日本は政治三流から抜け出せるのか?

8/30(日) いよいよ今日は衆議院選挙の日。不満の自民か、不安の民主か・・・。まぁ、大勢はもう民主への政権交代の実現・・・ということなんやけど、いよいよ二大政党時代の幕開けということで、日本の政治が少し、まともになるように、願いたいものやね。。。

 政治三流って言われ続けていた日本が、せめて二流になってほしい。。。国民の切なる願いは、多分、その一点にあるのやないのかね。。。今まで、日本の政治に対して、あきらめていた人たちが、今度は投票行動に出た・・・ということを素直に喜ぶべきことなのやろう。。。日本の政治が三流な理由は、引いて考えたら、国民にも責任があるのやしね。。。

 昔は、自分の支持している、あるいは、知り合いのあの人に頼まれたから、この先生に投票する・・・っていうのが多かった。。。でもこれは、実は本当の民主主義ではないのやね。。。政治家は、何とか票のとりまとめをしてくれそうな人、この人の言うことをきく人が何人いるか・・・で、いわいる、地元の名士や有力者さんを、取り込めば良かった。組織票っていうヤツやね。。。

 でも今は、個人が本当の意味で信任をしなければ投票をしない時代になりつつある。これはええ傾向や。。。私がいくら頼んでも、息子ですら、言うことを聞かない。。。これが当然なのやね。。。つまり、個々の意思がそこまで尊重されている、本来の意味の信任投票になりつつあるのやね。。。

 私は創価学会やら、共産党などの大きな組織が票をまとめてしまうというのは、あまり良くないこと・・・だと思うのやね。。。学会さんに入っている人でも、共産党の運動をしている人でも、組織の応援している人と、自分の投票したい人っていうのは、本当は、違うものやと思うのやね。。。人は、この人が好きか嫌いか、良い人そうか、悪い人そうか、実は直感的に決めている。

 本来の人間の直感で選んだ人に投票すれば良いことを、組織的な選挙っていうのは、有る意味阻害している時が多いと思うのやね。。。

 人間の感覚というものは、100人いたら100人違って当たり前。。。公平公正な選挙民の感性を既成政党やら、推薦組織などが、邪魔をしている・・・という感覚。。。これは、公平公正な選挙を続ける上で、意外と大事なことやと思うのやね。。。

 今の世の中は、特に都市部では票を組織化するのが難しい時代になっているのやと思う。誰だって、投票行動ぐらい自分で決めたいし、人に言われて投票先を変えたくない・・・という本音がある。自民党やら民主党やら・・・というレッテルは、あくまで、候補者に付けた目印に止めるべきで、本来、議員は、自らの目指す政策が近い政党を自ら選ぶような時代が来る方が、来るのでは無いやろうかね。。。

 自民党員であっても、民主党に寝返る人、逆に民主党の中にあっても、自分の考え方、主義主張と、党の方針があまりにも差がある人などは、どんどん入党、離党するのがええのやないかね。。。もちろん、有権者の意思のもとにね。。。

 政党というのは、英語ではパーティと呼ばれる。これって、歓迎パーティなどと同じ意味の言葉に使ってもええと思うのやね。。。。つまり、あくまで、仲の良い者同士が集まるところ・・・っていうのが、パーティ。そこには、意見の違う人も来るけれど、いろいろお話をして、人同士影響しあって、切磋琢磨される。。。でも、そこで、あまりにも意見の食い違う人は、そのパーティから抜け出して、また別のパーティを別の仲間を集めてやる。。。そのぐらいの政治感覚で良いと思うのやね。。。

 日本の政党政治っていうのは、どうも、何か特別な呪縛があって、自民でなければ人に非ず。。。自民党の議員さんやないと、予算が来なくなる・・・とかいうのが多すぎた。。。民主は、この轍を踏まないように、全く新しいクリーンな予算組みのやり方を見せて欲しいものやね。。。それが出来ないと、一回だけで終わる民主政権になっちゃうからね。。。

 ほら見たことか・・・って自民に言われないように、ガンバッテや。。。