地獄の釜のふたを見たものだけが解る死生観 | 京都発、言いたい放題!~毎日更新~

地獄の釜のふたを見たものだけが解る死生観

7/24(金) 京都はいつも祇園祭の山鉾巡行が終わったら、梅雨明け・・・という年が、多かったのやけど、今年は、どうもお天気が不安定で、まだまだ、梅雨前線ががんばってはる。。。もうちょっと太平洋高気圧の勢力が強くなってくれないと、前線が北へ上がらないのやね。。。

 先日の皆既日食騒動の日も、生憎の曇り空。。。雲の隙間から、ちょろっとだけ黒い太陽を見せてもらったけど、なかなか夏本番にはならない。。。

それどころか、山口県では、集中豪雨が起きて、山崩れが起きて、特別養護老人ホームにいた人が押し流されて死者や、行方不明者が出ている。。。食事をしていたら、いきなり、どーんと土石流がやってきて、逃げる余裕も全くなかったそうや。。。そもそも、そんな大水の通り道になるようなところに、公共性の高い施設を作るなよ。。。それこそ、風水をしっかり見ておかないと。。。

 山の遭難といい、土石流といい、海での毎年のように報道されている水の事故の被害者といい、自然が原因で起きる事故っていうのは、ほんと多い。。。都会で毎日過ごしていると、そんな危険は低いのやけれど、交通事故とか、誰でも良いから殺したかった・・・なんていう、危ない事件に遭う可能性もある・・・。最も安全なのは、家でじっとしていること。。。なのやろうけど、人間、なかなか、そうはいかない。。。そこで、お盆ぐらいどこかへ行こうか・・・となった。。。

 振り返れば、昨年末あたりから、ずっと、女房には、私の大腸癌の手術なんかで、死ぬか生きるか・・なんていう究極の心労もかけたし、一段落したら、旅行でも行こうか。。。と、言っていた。まぁ、人間、いつ死ぬか判らないのやから、生きているうちに、あれもやっときゃ良かったとか、もっと、どこかへ行っておきゃ良かった。。。なんて、病気で死にかけでもならないと、なかなか思わないものやんにゃね。。。

 大病を患うと、人の死生観というのは、やっぱり確実に変わる。。。出来ることなら、人間、いつ死んでも良いように、心がけておくのが理想なのやろう・・けど、そんな、心根の出来た人間なんて、なかなかこの世にはいない。。。

 やっぱり、自分が死ぬかもしれない・・・と感じたら、怖いし、焦るし、ジタバタする。。。私も、ほんと、己の不幸を幾晩も呪ったわ。。。そして、少しの死ぬ覚悟が出来て来た頃には手術。。。ここまで、来たら、まな板の上の鯉の心境。。。煮て食うなり、焼いて食うなり、好きにしやがれ・・・という気持ちにまでなる。。。

 幸いにも、癌の転移は無く、無事大腸を30センチほど摘出して、残った腸を縫合。。。少々の時間はかかるが、そこそこの日常生活が送れるようにまで戻ることができそう・・・となったら、やっとそこで、正直、命が助かった・・って思えるものなんやね。。。

 そんなこんなで、8月の中旬のお盆休み直前から5日ほど、バリ島の方へ少し行ってきます。怖いのはインフルエンザ。。。また、大騒ぎになりませんように。。。と祈るばかりです。。。